「置かれた場所で咲きなさい」というのは、ノートルダム清心学園理事長だった渡辺和子が遺した言葉である。不平や不満だけに心を奪われることなく、置かれたところこそが自分の居場所なのだと思い定め、精いっぱいの努力を続けなさい、という励ましの言葉だ。
だが、サラリーマンにとって、「置かれた場所」が思いもよらない異次元の世界だったらどうだろう。理解のない上司に言い渡された意に染まぬ人事や出向話であったら、愚痴もなく耐えていけるだろうか。
拙著『サラリーマン球団社長』(文春文庫)は、阪神タイガース元社長の野崎勝義や広島カープの鈴木清明(現・球団本部長)が、サラリーマン社会からプロ野球の世界に飛び込み、球団と球界を変えていく実話だが、異世界で咲くことは容易なことではない。私自身も新聞記者の世界から読売巨人軍代表へと駆り出されたから、苦渋の一端が理解できる。
特に、阪神電気鉄道株式会社(阪神電鉄)の旅行マンだった野崎が申し渡された出向人事の先には、ワンマンオーナーが君臨し、欠陥を抱えるフロントや頑迷なスカウトたちが待ち構えていた。
まるでドラマを思わせるような人々の物語だが、前回紹介したカープ編が元東洋工業(現・マツダ)経理部員鈴木の転職ドラマだったの対し、タイガース編には、サラリーマン社長の野崎に「この人のためなら」と思わせる闘将・星野仙一が終盤で登場する。あなたに社長の座を譲りたい、と言わせるのである。
本書はナベツネ支配や球団危機に抗った熱い実話だが、一方では、ジリ貧の名門球団を再生させた子会社経営者と野球人の友情の物語でもある。(文中敬称略)