まだ「オス」でいたい
前立腺にがんが見つかっても、グリソンスコアが低ければ、ホルモン療法で経過を観察することができる。しかし、僕のスコアの値はその猶予を許さなかった。小路医師は前立腺の全摘手術を強く勧めたが、ここでも僕は逡巡する。
前立腺を摘出するということは、高い確率で性機能を失うことを意味する。当時僕は54歳。いまさら子どもをつくるつもりはなかったが、できることならもう一度所帯を持ちたい、という淡い思いは持っていた。もちろん性交渉は無くても結婚はできるが、なるべくなら機能を持ったままで所帯を持ちたい。
そこで小路医師が取り組んでいる「HIFU」でこの場を切り抜けられないか、と考えたのだ。
HIFUとは、高密度焦点式超音波療法のこと。子どもの頃に、虫眼鏡で日光を集めて紙を焼く――という実験をしたことがあると思うが、あれと同じ原理で狙った場所に超音波を集めて照射し、がん組織を焼灼する治療法だ。当時、健康保険では認められていなかったが、将来の保険収載に向けて「特定臨床研究」という枠組みの中で行われている治療(現在は先進医療)だった。そして小路医師は、国内で前立腺がんに対するHIFU治療の牽引役として、最も多い症例を持っていたのだ。HIFUを受けたいと言えば喜んで対応してくれると思っていたのだが、返事は慎重なものだった。
「状況から見て、手術で切除するのが最も安全です」
自身の研究対象である最新治療をあえて避けてでも手術を勧める、という小路医師の姿勢に、僕のがんが最早のっぴきならない状況であることが見て取れる。しかし、それでも僕は性機能温存にこだわった。
HIFUは体の表面にキズがつかないだけでなく、手術ではどうしても損傷してしまう勃起神経を温存できる。その治療技術の存在を知らなければ手術を受け入れることも容易だが、知ってしまった以上、その恩恵に浴したい。
しかし、小路医師はこの治療の第一人者であるだけに限界も知っている。僕のがんの状況は、HIFUで治療できる範囲の限界よりやや外側にある。確実性の高い手術を勧めるのは医師として当然のことだ。
それでも僕は、まだ“オス”でいたかった。最後は渋る小路医師を説き伏せるようにして、HIFUでの治療を認めてもらったのだった。
2020年8月、僕は東海大学病院でHIFU焼灼術を受けた。治療は今回も手術室が使われ、全身麻酔下で行われた。超音波を発する機械を肛門から挿入し、直腸越しに前立腺に照射する。照射自体は痛みも熱さも感じることはないのだが、直径3センチ以上の機械を肛門に入れるので、麻酔がなければ痛くてたまらないだろう。
治療は1時間ほどで終了し、治療そのものは成功した。狙ったがん組織は焼き尽くすことができ、それまで続いていた血尿もピタリと止まった。ほぼ半年ぶりに見る透明な尿は、健康のありがたさをしみじみと感じさせるものだった。
※長田昭二氏の本記事全文(10000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています。全文では、下記の内容についても触れられています。
・泌尿器科の受診に気が進まず
・すべては僕の責任
■連載「僕の前立腺がんレポート」
第1回 医療ジャーナリストのがん闘病記
第2回 がん転移を告知されて一番大変なのは「誰に伝え、誰に隠すか」だった
第3回 抗がん剤を「休薬」したら筆者の身体に何が起きたか?
第4回 “がん抑制遺伝子”が欠損したレアケースと判明…治験を受け入れるべきなのか
第5回 抗がん剤は「演奏会が終るまで待って」骨に多発転移しても担当医に懇願した理由
第6回 ホルモン治療の副作用で変化した「腋毛・乳房・陰部」のリアル
第7回 いよいよ始まった抗がん剤治療の「想定外の驚き」
第8回 痛くも熱くもない放射線治療のリアル
第9回 手術、抗がん剤、放射線治療で年間医療費114万2725円!
第10回 「薬が効かなくなってきたようです」その結果は僕を想像以上に落胆させた
第11回 抗がん剤で失っていく“顔の毛”をどう補うか
第12回 「僕にとって最後の薬」抗がん剤カバジタキセルが品不足!
第13回 がん患者の“だるさ”は、なぜ他人に伝わらないか?
第14回 がん細胞を“敵”として駆逐するか、“共存”を目指すべきか?
第15回 「在宅緩和ケア」取材で“深く安堵”した理由
第16回 めまい発作中も「余命半年でやりたいこと」をリストアップしたら楽しくなった
第17回 「ただのかぜ」と戦う体力が残っていない僕は「遺言」の準備をはじめた
第18回 「余命半年」の宣告を受けた日、不思議なくらい精神状態は落ち着いていた
第19回 余命宣告後に振り込まれた大金900万…生前給付金「リビングニーズ」とは何か?
第20回 息切れで呼吸困難になりかける急峻な斜面に、僕の入る「文學者の墓」はあった
第21回 がん細胞は正月も手を緩めず、腫瘍マーカーは上昇し続けた
第22回 主治医が勧める骨転移治療“ラジウム223”は断ることにした
第23回 在宅診療してくれる「第二の主治医」を考えるときが来た
第24回 “余命半年”を使い切った僕は、足の痛みで杖が必要になった
第25回 貧血で階段が上れない…がん末期の体調不良は突然やって来た
(訃報) 「僕の前立腺がんレポート」連載中の長田昭二さんが逝去されました
番外編第1回 どうやって「念願の自宅で最期」を迎えることができたのか〈親族インタビュー〉
番外編第2回 「毎月外来で“ネタ探し”している雰囲気もありました」闘病記を書かれる主治医の気持ち〈主治医インタビュー〉
番外編第3回 “怖くない”前立腺がんで亡くなった長田さんの「生死を分けたもの」は何か?〈主治医インタビュー〉
