哲学にも関心がある精神科医として、千葉雅也の言動はずっと気になっていた。ギャル男ファッションを身にまとうドゥルーズ研究者。ゲイをカミングアウトしつつ繊細な語り口でジェンダーに切り込む精力的なツイッタラー。現代思想の最先端である思弁的実在論の紹介者。ポスト東浩紀世代において、最も信頼がおける知性の一人である。
本書は千葉の初めての対談集である。対する相手は哲学者、作家、精神科医、社会学者と多彩だが、相手によってがらりとモードを変えるカメレオンぶりが素晴らしい。しかし基軸となっている「思弁的実在論」はぶれておらず、むしろ多様な光源のもとで徐々にこの思想が立体的に見えてくる思いがする。
メイヤスーらが提唱する思弁的実在論をコンパクトに紹介するのは私の手に余るが、一つ決定的なのは、それがカント以来の相関主義を批判している、という点である。相関主義とは「世界は個人の主観の数だけ存在する」とする立場を指す。ポストモダン思想の多くがこの立場であり、それだけにメイヤスーの主張のインパクトは大きかった。
とはいえ千葉は、常にこの立場を堅持するわけではない。精神科医の松本卓也との対話では、相関主義の極みともいえる精神分析の方法論にも、一定の評価が与えられている。そもそも千葉は原理主義的発想を嫌う。彼が重視するのは、他者とつながりすぎないこと、やりすぎない有限性、そして阿部和重との対談で述べる通り「中途半端」を極めることなのだ。
言語を最も厳密に扱う哲学の営みにおいて、世俗化せずに「有限性」や「中途半端」を扱おうとする千葉の姿勢は極めてラディカルだ。次作は身体論となることが予告されているが、これはロングセラー『勉強の哲学』(文藝春秋)でも示唆されていた。享楽と有限性の基盤である身体を著者がどのように(中途半端に)料理してみせるのか、大いに期待したい。
ちばまさや/1978年栃木県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。立命館大学大学院准教授。『動きすぎてはいけない――ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』『別のしかたで――ツイッター哲学』『勉強の哲学』など。
さいとうたまき/1961年岩手県生まれ。筑波大学教授。『生き延びるためのラカン』『「ひきこもり」救出マニュアル〈実践編〉』など。