コロナ離婚を防ぐ「夫婦のトリセツ」

黒川 伊保子 人工知能研究者
ライフ 社会
〈残念ながら、「コロナ離婚」は、確実に増えるでしょう。「熟年離婚の危機が早まったようなもの」と言う人もいます。一面では正しいでしょう。ただ“コロナ離婚の危機”は、“熟年離婚の危機”よりはるかに深刻です〉

 こう断言するのは、ベストセラー『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』の著者で脳科学者の黒川伊保子氏だ。新型コロナウイルスの流行拡大の阻止を目的に、全国に「緊急事態宣言」が発出され、「STAY HOME」を合言葉に「外出自粛」「在宅勤務」が奨励されている。その結果、夫婦が家庭内で一緒に過ごす時間が長くなり、いま多くの夫婦が互いに対して普段以上にストレスを感じ、“コロナ離婚の危機”に直面している。

普段以上のストレス

 “熟年離婚の危機”は、夫婦ともに、生殖ホルモンが弱った後に来る危機です。つまり、「男女の感性のすれ違い」は、それほど大きくない。また熟年夫婦にとっては、今回の“非常時”も、普段の日常とそれほど変わっていないのではないか。それ以前からすでに一緒に過ごす時間は増えていたはずだからです。

 それに対して、30代から40代の夫婦では、それまでの日常が一変してしまったのではないか。とりわけ子育て真っ盛りの夫婦にとっては、「もともと逆方向に向いている男女それぞれのホルモンが最も強まる時期」、もっとはっきり言えば、「人生で一番すれ違っている時期」「1日中夫婦で家に居るなんてあり得ない時期」なんです。

カンバン-黒川伊保子氏
 
黒川氏

「妻が怖い」

 逆に言えば、夫婦が互いにストレスを感じるのは、生理的に“自然なこと”。そう理解するだけでも、気持ちが楽になります。

 多くの方に読んでいただいた『妻のトリセツ』は、脳科学の立場から、「女性脳」の仕組みにもとづいて、妻の不機嫌や怒りの理由を解説し、夫側からの対策をまとめた「妻の取扱説明書」です。

 そもそもこの本を書いたのは、「妻が怖い」という夫が増えていて、実際、夫側から申し立てた離婚の「動機」として、「妻からの精神的虐待」という理由が最近激増している、という社会状況があったからでした。

「精神的虐待」とは大げさな気もしますが、「いつもイライラしている」「口調がきつい」「急に怒り出す」「何をしても怒られる」「口をきかない」「無視される」「夫の分だけ家事をしない」「人格を否定するような言葉をぶつけられる」といった、夫にとっては“理不尽”でしかない妻の言動です。今回の“コロナ危機”で、その“被害”に遭われている男性も多いでしょう。

 そうした妻の“怒り”の本当の理由は、ほとんどの夫にはよく分かりません。“怒り”の本当の理由は、「今、目の前で起きたこと」だけではないからです。

「女性脳」は、感情に伴う記憶を長期にわたって保存することが得意です。日常の体験は、必ず「感情」とともに記憶され、「感情の色合い」ごとの“引き出し”に収納される。ですから、ある一つの「トリガー(引き金)」によって、「同じ色合い」の記憶と感情が“数珠つなぎ”に一気に噴出するのです。
「トリガー」は、「ポジティブトリガー」(うれしい、おいしい、かわいいなどのいい思い)と「ネガティブトリガー」(怖い、つらい、ひどいなどの嫌な思い)の二つがありますが、「女性脳」は、自分の身を守らないと子供を無事に育てられないという「母性本能」ゆえに、危険回避のための「ネガティブトリガー」の方が発動しやすい傾向にあります。しかも、こうした「母性本能」は、とくに「周産期(妊娠、出産)」と「授乳期」に強く現れ、子育て中はほぼずっと継続していきます。ですから、熟年夫婦より、30代、40代の夫婦の方がリスクが高いのです。

ゴール指向とプロセス指向

 私は、ヒトの感性を人工知能に教えるために、ヒトの脳をシステム論で研究してきました。その成果として断言できるのは、ヒトの脳には、「二つの感性モデル(神経回路)」が存在し、利き腕のように、脳はあらかじめ「とっさに使う側」を決めている、ということです。

「脳が緊張したとき、脳がとっさに選ぶ神経回路」は、次の二つしかありません。一つは、「欠点を見つけ出す」ことによって「すばやい問題解決」を生み出し、「有事の危機対応力を上げる回路」。もう一つは、「共感し合う」ことによって「深い気づき」を生み出し、「平時の危機回避力を上げる回路」。ここに男女間の「脳の使い方の違い」があります。

 荒野で危険な目に遭いながら進化してきた「男性脳」は、危険な場で共感する暇などなく、躊躇なく仲間の欠点を指摘する傾向をもっています(ゴール指向問題解決型)。

 一方、哺乳類のメスである「女性脳」は、女同士の密なコミュニケーションのなかで、子育ての知恵を出し合う方が生存可能性が高まります。そうして共感し合う力を身につけます(プロセス指向共感型)。

 たとえば「男性脳」にとって、「あのウサギを獲る」と“目標”を決めたら、「あ、イチゴがなってる」とか「バラが咲いてる」といった“プロセス”に気を取られている暇などありません。

 この特徴は、日常の些細な場面でも確認できます。家の中でテレビを見ていて、トイレに立つとします。自分が飲んだお茶とかビールのコップが置いてあるとして、女性なら、トイレに行くついでにそれらを片付けます。しかし、ほとんどの男性はそれができない。トイレに行くとなれば、トイレという“目標”しか見えなくなるからです。これが「ゴール指向問題解決型」の脳の特徴で、女性からすれば、「置きっぱなし」「脱ぎっぱなし」とイライラさせられるのですが、“優秀な狩人の脳”でもあるわけなんです。

 こうした脳の違いが、とりわけ夫婦の日常会話の齟齬の原因にもなります。あるセミナーで、50代の管理職の男性から「僕にとってずっと謎なのですが、女性はなぜ質問にまっすぐ答えられないのですか?」という質問を受けたことがあります。

 妻が見慣れないスカートを穿いていたので、「いつ買ったの?」と聞いたというんです。そうしたら妻が「安かったから買ったのよ」と言って、不機嫌になったと。「なぜ『いつ』と聞いたのに『安かったから』と答えて、しかも不機嫌になるのか」と。

「5W1H」はNGワード

「5W1H(だれが、いつ、どこで、なにを、なぜ、どのように)」は、ビジネスの基本ですが、夫が妻に対しては、いきなり切り出してはいけないNGワードなんです。

 見慣れないスカートを穿いているなと思ったら、「あ、それいいね」とか「かわいいじゃん」とか「似合うよね」と声をかければいい。すると、妻も「一昨日バーゲンで見つけたのよ。いいでしょ」といって話が弾む。「いつ買ったの?」とか「どこで買ったの?」と言うから、家計を預かっている妻の身からすると、「俺に黙っていつ買ったの?」と聞こえてしまうわけです。括弧付きで「(それ新しいよね)いつ買ったの?」と聞いているつもりでも、聞かれた側は、「(俺に黙って)いつ買ったの?」と、勝手に深読みしてしまう。

「5W1H」は、「ゴール指向問題解決型」の対話方式で、できるだけ合理的に話を進めるための直接質問ですが、「ただ確認しただけ」のつもりでも、妻や娘にすると、必ず失敗します。マウンティングされたような気になるからです。

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source : 文藝春秋 2020年6月号

genre : ライフ 社会