麻布流 休校を人生の糧にする方法

平 秀明 麻布中学校・高等学校校長
ニュース 教育
「開成」「武蔵」と並び、私立中高一貫校の「男子御三家」と呼ばれる麻布中学校・高等学校。2019年東京大学合格者数は100名で全国3位、東大への合格者数全国ベストテン入りを半世紀以上キープし続けている超名門校だ。同校は自由闊達な校風でも知られ、勉学においても諸活動においても生徒の自主性を尊重する教育方針が徹底されている。全国の学校で「休校」が長引く中、同校校長の平秀明氏(59)にいまこの時間をどう過ごすべきかを、聞いた。
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平氏

教育委員会の管轄外だが……

 日本や世界の国々で感染症が拡大する中、多くの学校が「休校」を余儀なくされています。麻布中学校・高等学校も5月6日までを休校とし(4月23日時点)、今後の事態の推移によっては更なる休校期間の延長もあるかもしれません。

 本来であれば、今ごろは新しく麻布の生徒となった新中学1年生を迎え、例年5月初旬に行われる「文化祭」に向けての準備で、全学年が活気づく時期です。文化祭は毎年3万人近くの来場者がある本校最大のイベントですが、今年は入学式も文化祭も延期せざるを得ませんでした。いまは校舎に生徒の姿はなく、まるで火が消えたような寂しさです。

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文化祭

 私は、学校とは同世代の生徒たちが一つの場所に集い、同じ時間と空間を共有しながら、教師と共にお互いを磨き合う場であると考えます。今は参考書や問題集も丁寧なものが揃っていますし、テレビやラジオなど放送を通じた授業もありますから、意欲と根気さえあれば、勉強は一人でもできます。しかし、一人ではどうしても苦しいところが出てきてしまう。同世代の他の生徒を見て「お、こいつすごいな。あんな本を読んでいるのか」とか「この分野は俺のほうが」と様々な刺激や啓発を受けることで、人間として大きく成長することができます。互いの個性と個性がぶつかり合い、時には喧嘩をし、妥協しながら人間としての理解を深めていく――学校とは本来そういう場です。

 今は「経済」の再開が最優先、という声が強いですが、コロナ禍が収束し始めたら、経済よりもまず先に未来を担う子供たちを鍛える場である学校を再開させてほしい。私はいま強くそう思います。

 本校では、3月2日から休校の措置をとっています。これは2月27日の夕方に安倍晋三首相が全国全ての小・中学校、高校などに、春休みまでの臨時休校を要請したのがきっかけでした。

 私立の学校は各都道府県の教育委員会の管轄下になく、法律上は休校の判断は各校が独自にできることになっています。正直、この時、私は休校すべきかどうか非常に悩みました。3学期も残りわずかで、あとは数日の授業日と学年末試験を残すだけ。そこまではなんとか続けることができないかと思ったのです。

 しかし、諸情勢に鑑み、最終的には3月2日から休校することに決めました。28日に、理事長の吉原毅さん(城南信用金庫顧問)や事務長、理事の先生らと今後について話し合いを持ち、「異例のことではあるが、決断しました」と伝えると、吉原理事長から「試験はもちろん大事だけれど、成績評価はテストの点数だけで決めるわけではない。生徒の健康や命を考えれば、その判断を支持したい」と言われ、大変勇気づけられました。

教員も自由闊達

 ただ、校長が決断したからといって、即休校とならないのが麻布です。生徒と同様、教員も自由闊達。自分たちで考え、話し合い、決めるのが伝統です。そこで翌29日に臨時の職員会議を開き、校長として「休校」の提案をしました。様々な意見が飛び交い、中には「総理大臣の要請だからと唯々諾々と従っては、私立校の独立性に関わるのではないか」という指摘もありました。これについては、私自身が現在の状況についてじっくり検討し、情報をしっかり消化したうえで、生徒の安全のために決めたのだと説明して、納得してもらいました。そして会議の結果、4月6日までの休校が正式に決まり、現在はその措置を5月6日まで延長しています。

 3月5日に開催予定の卒業式については、高校3年生の正副担任らで構成する学年会で話し合ってもらい、その日に開催するけれども、通常とは違う形で行うことにしました。卒業生と教員のみの式典とし、例年では校長が1学年300名全員の名前を呼んで、卒業証書を手渡すところを、今年は各クラスの代表者に一括して渡す。そして残念なことですが、式中に校歌は歌わない。非常に簡素な式となりましたが、無事挙行することができ、厳かに卒業生を送ることができたのは幸いでした。

オンライン授業の課題

 4月7日から新学期スタートの予定だったのですが、緊急事態宣言をうけて休校延長です。生徒にただ自宅待機させておくわけにもいかないので、今は各教科担当者が学習指導という形で生徒に課題を与えています。例えば、中学3年の数学ではこれまでに学んだ単元に即した課題やプリント問題を郵送したり、ホームページにアップしたりするなどし、期日までに解いて提出するように伝えています。

 本校は私立学校で安くはない授業料をいただいていますし、それに教員も家で手持無沙汰でいるよりは、なんらかの形で生徒とつながっていたほうがいい。生徒に元気を与えるだけではなく、教員自身も生徒から元気をもらうことにもなるのです。

「課題」は単純にドリル問題を解くようなものばかりではありません。私も確認しましたが、ひとつひとつ非常によく考えられていて、正直これを全部やりきれるのかなと思うぐらいです。実技教科である音楽は、課題の設定に苦労するなと思いましたが「音楽作品や舞台芸術作品をテレビやCDなどで視聴して、いくつかの作品についてレビューを書け」など、自宅でできる課題が出ていまして、そういうやり方があったのかと感心しました。

 もともと本校の授業はアクティブラーニングの形態をとっており、教員も、ただ教科書の内容を伝えるのではなく、自分たちで作ったオリジナルプリントなどを使って、いかに生徒に興味関心を持たせるか、工夫して授業を進めています。ですから今回出された学習課題も、非常に考えさせる、面白い視点のものが多くありました。

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英語の授業

 またオンライン授業についても試みている教員もいるのですが、いろいろと課題が多いことがわかりました。必ずしもすべての家庭にオンライン授業に適した機材が揃っているわけではありません。また、家に1台しかないパソコンは、親がテレワークで使っているから使えないとか、さまざまなボトルネックがあることもわかりました。

 学校によってはオンライン朝礼や終礼などを決まった時間にやっているところもあるようですが、生徒それぞれの家庭の事情や生活条件は違うのだから、麻布ではそこまでやる必要はないと思っています。

 本校には校則がありません。入学したての中学1年生からひとりの大人として扱います。昼休みは昼食の時間という決まりもないので、午前中に早弁し、昼休みは部活や自治活動に打ち込んだり、友達と遊んだりします。近所のコンビニに出かけることも、奨励はしていませんが、認めています。

 この自由な雰囲気に戸惑う子もいれば、自由をはき違えて自分勝手な行動をし、周りに迷惑をかけてしまう子もいます。でも1〜2年と通ううちに、自然と自分がどのように振舞うべきかわかってくるのです。

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source : 文藝春秋 2020年6月号

genre : ニュース 教育