料理人は“ワンマン”でいい

有働由美子のマイフェアパーソン 第17回

岸田 周三 「カンテサンス」オーナーシェフ
ライフ グルメ
news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは「カンテサンス」オーナーシェフの岸田周三さんです。

小林圭さんのニュースを見て

 有働 岸田さんは、「カンテサンス」(東京都品川区)のオーナーシェフとして、ミシュランガイド東京が誕生した2007年から、13年間連続で3ツ星を獲得し続けるトップシェフです。今なお“予約の取れない店”として第一線を走り続けていらっしゃいますね。実は、私が初めて「カンテサンス」にお邪魔したのは、殿方とのデートだったんです。

 岸田 おおっ。それは嬉しいです。

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岸田氏

 有働 最初からこんな話でごめんなさい(笑)。フレンチといえばこってりしたソースというイメージだったんですが、岸田さんのフレンチは素材の味を極限まで引き出す料理で、固定観念を覆されました。結局、私と男性とのご縁はあっという間になくなりましたが、お店は今も名店として名を轟かせていてスゴイなぁ〜と思います(笑)。

 岸田 ありがとうございます(笑)。 

 有働 ところで、緊急事態宣言が出てから、お店の営業を自粛されていますね。

 岸田 はい。新型コロナウイルスの感染拡大を防止するために、僕たちに出来ることはそれしかなかったので……。店舗に関する最新の情報はホームページに掲載していますが、このままだと今後どうなるのか、先が見えませんね。個人経営の飲食店はそんなに長くは持たないでしょうから、国の補償が無いと倒産するところが続出すると思います。 

 有働 数か月前には想像できなかったことが起こっていますよね。今年1月、小林圭さんが日本人として初めてフランスでミシュラン3ツ星を獲るなど、明るいニュースもあったのに。岸田さんはあのニュースはどうご覧になりましたか?

小林圭氏(店の前で)
 
小林氏

 岸田 素晴らしいことだと思います。フレンチの本場で、日本人シェフが3ツ星を獲れるかは、誰もが注目していました。でも今回、結果さえ出せば日本人にも3ツ星が獲れることを示したので、料理人のモチベーションはとても上がったと思います。日本人シェフのクオリティーの高さも世界に知らしめました。

33歳で3ツ星シェフに

 有働 岸田さんはあのニュースを見て、俺もフランスで一旗揚げようとは思わなかったですか。

 岸田 僕は全然行きたくないです(笑)。

 有働 それはなぜ?

 岸田 僕は、何事もきっちりやりたい人間なんですよ。フランスで修業した5年間は本当に得難い経験でしたけれど、フランスでは食材が指定した日に届かないこともあります。一方、日本では全てにおいて正確で居心地がいいんです。僕は根っからの日本人というか、日本の文化が染みついているんですよね。

 有働 岸田さんは31歳で「カンテサンス」をオープンし、33歳、当時最年少の若さで3ツ星を獲られたわけですが、いつから料理人になろう、お店を持とうと夢見ていたんですか。

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2007年、史上最年少で3ツ星を獲得(本人右端)

 岸田 20歳ごろからずっと、いつか独立したいという夢を抱いていました。僕が尊敬するシェフの高橋忠之さんは、29歳の若さで三重県の志摩観光ホテル「ラ・メール」の料理長になっているんです。彼が昔、本の中で「30歳でシェフになれない人間は、40歳になってもなれない」という趣旨のことを語っているのを読み、絶対に30歳までに独立しようと目標を決めました。

 それに、40代、50代になってから独立された人の話を聞くと、苦労されている方が多かった。年を重ねると経験は増えますが、体力は落ちてくる。シェフって、朝から晩まで立って頑張る仕事なので、おそらく、料理人としてのピークは40代ぐらいなんです。僕は修業時代に1日18時間ぐらい働いていたんですが、その生活をいったい何歳までできるだろうと考えると、できるだけ早く独立して、ブランドを確立しないと、料理人として働ける時間が限られてしまうなとも思いました。

 有働 料理人ってホントに体力勝負なんですね。それで、名古屋調理師専門学校を卒業後、高橋さんに憧れて「ラ・メール」に就職された。そこから、どうやって夢を叶えたんですか。

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有働氏

 岸田 30歳までに独立するという目標を決めた後は、逆算して考えていきました。僕はフランスで3年は修業をしたかったので、27歳までにフランスにいないといけない。そのためには、26歳から1年間はフランス語を勉強しなければいけない、というふうに。

 当時、フランス語を勉強する場所は限られていて、授業料も結構高かったんです。30〜40万はしましたね。自分の給料で毎月1万円貯めていこうと思うと、3年くらいかかってしまう。それで全然時間がないことに気づき、やれることはどんどんやろうと思いました。

劣等生だった8年間

 有働 ストイック〜! 岸田さんのような人は、どの世界でも成功すると思います。

 岸田 いや、むしろ志摩観光ホテルから、東京のレストランで修業していた8年間は劣等生でした。仕事が遅かったり、要領のいい人に手柄を取られたりして。その時の自分は腐っていましたね。「才能がないのかな」と思った時期もあったんですけど、「才能がない」と思うことで、自分以外のものに責任を擦り付けているような気がして、それも何か違うぞと、ずっと悩んでいました。

 有働 そこからどうやって立ち直ったんですか。

 岸田 カーネギーなど経営者の本を読みました。結局、結果というものは氷山の一角なんです。結果を出すためには、見えない部分でのスキルや知識の蓄積が必要。それを身に着けるためには、自分の思考や価値観そのものを変えなきゃいけない。そういう風に考え方を変え、覚悟を決めたのが良かったのかもしれません。それに、一度失敗をしている人のほうが強くないですか。僕は、不器用でも、どうしたら上手くいくのかをずっと考えている人のほうが、物事の本質に辿りつくことが出来ると思うんです。

 有働 でも、運や置かれた境遇に左右されることもありますよね。

 岸田 そうですね。東京での修業時代にはみんなが嫌がる掃除を押し付けられたりしていたんですけど、その中で、どうやったら綺麗に早く終わるかをずっと考えていました。そういうことを続けていたら、フランスでいい師匠に出会えた時、一気に結果が出せるようになったんです。

美味しさは数値化できない

 有働 他人は変えられないから、自分を変えた。それで、独立までにはどんな準備を?

 岸田 メニューや店舗の立地など、決めなければならないことは沢山あります。店名は20代の頃から考えていました。書き溜めてリストにしたんですが、後から見返したら「こんなカッコ悪い店名を考えていたんだ」と恥ずかしくなりました。

 有働 どんな名前なんだろう(笑)。

 岸田 いやいや(笑)。いろいろ考える中で、人に覚えてもらうんだったら7字以内がいいと知って「カンテサンス」なら、6字でギリギリオッケーだなと思いました。

 有働 「ブ、ン、ゲ、イ、シュ、ン、ジュ、ウ」だと、8字でアウトだな(笑)。「カンテサンス」はフランス語で「神髄」という意味ですが、岸田さんにとって料理の「神髄」とは何ですか?

 岸田 「美味しさ」ですね。僕は、フランスでは、ブラッスリーから始まって、数軒のレストランで修業しましたが、中でも、最後に行ったパリ16区の「アストランス」のシェフ、パスカル・バルボに強い影響を受けました。「カンテサンス」は「アストランス」で学んだ3つのプロセス、〈プロデュイ(素材)〉、〈キュイソン(火の入れ方)〉、〈アセゾネ(味付け)〉を徹底的に追求した料理の流れを汲んでいます。料理にはその時代ごとに流行り廃りがあるんですけど、そんな中でも「美味しさ」という本質は変わらない。自分が常に意識していたいことを店名にしました。

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 有働 でも美味しさって、人それぞれの主観的なもので、万国共通の美味しさは無いんじゃないですか。

 岸田 美味しさは、数値化されないものですからね。最終的には自分の感覚を信じて、自分自身が納得したものしか提供しないようにしています。あとは、お客さんにも参加者として、予約の段階からアレルギー食材や、好き嫌いを詳しく聞かせていただいています。一人ひとりの為にカスタマイズして一皿を準備するので、隣のテーブルと出るものがちょっとずつ違っているんです。

3ツ星を獲り続ける秘密

 有働 しかも、「カンテサンス」は、「おまかせ」コースのみで、メニューが白紙なんですよね。

 岸田 はい。それは出来る限り制約のない状態でやりたいという考え方なんです。例えばマダイのソテーとメニューに書いて、当日いいものがなかったときに、メニューに書いてあるから、という理由で納得できないマダイを買わなきゃいけないという制約が生まれるのが嫌で。

 有働 白紙ってことは自由ということですよね。毎日、自由に考えるのって、しんどくないですか。

 岸田 フランス料理は、一つ一つ創作性が強いので、同じものを2回出すのが許されない部分があるんです。それが寿司や天ぷらなどのお店との違いですね。だから、全てのお客さまのカルテを作って、前回何を出したか記録しなきゃいけませんし、毎回違う食材を出して、満足していただかなくてはいけません。どの料理にもそれぞれの厳しさがありますが、フランス料理の世界は、常に生み出し続けなければいけない大変さがあるような気がします。

 有働 そんなに次々と新しい料理のアイデアが浮かぶものですか。

 岸田 アイデアはいくらでも生まれます。でも、それがちゃんと商品化されるかというのは全く別の話で。それでも僕は、1〜2週間に1度は新しい料理が生まれているので、そういう意味では相当早いテンポで出来る店だと思います。

 有働 どうしてそんなに早く新メニューの開発ができるんでしょう。

 岸田 考えているからじゃないですかね。キッチンにこもって、頭の中で料理している感覚です。僕の場合、他のレストランに行くとか、外部からのインプットでアイデアが浮かぶということはあまりないんです。自分の中から生み出さないと、自分の料理とは言えないんじゃないかと思っているので。

 有働 すごい……。それにしても、13年間3ツ星を獲り続けているのには、一体どんな秘密が?

 岸田 僕の店は、複数のスペシャリストとチームとしてやるのではなく、基本的に僕が生み出したものをスタッフに割り振っています。強いて言えば、それが秘密ですかね。

 有働 どうしてスペシャリストに任せないんですか。

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 岸田 そうしないと、メニューに統一感が出ないからです。それに、優秀なスタッフが辞めた時に、その人が担当していた料理のクオリティーが一気に下がってしまう。お店の評判が落ちるときって、そういうパターンが多いんです。人に任せたほうがラクですけど、僕が作っていれば、クオリティーは変わらないので。

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source : 文藝春秋 2020年6月号

genre : ライフ グルメ