「原爆の父」を描いたハリウッド大作はなぜ日本公開“未定”なのか?
この8月、僕は取材のために米ワシントンDCに8日間滞在して、その合間を縫って、現地でこの夏いちばんの話題作『オッペンハイマー』を観ました。残念ながら日本では公開未定とされていて、問題作と捉える向きもあるようです。クリストファー・ノーラン監督の作品はほとんど全て観ている僕としては、とても気になるところです。実際に本作を観て考えたことを、少しお話ししたいと思います。
「原爆の父」と呼ばれた米国の理論物理学者、ロバート・オッペンハイマーの生涯を描いた映画『オッペンハイマー』が7月21日、全米で公開された。監督は鬼才、クリストファー・ノーラン。主演はキリアン・マーフィー。マット・デイモン、ロバート・ダウニー・ジュニア、フローレンス・ピューら大物俳優が脇を固める。
映画では第二次世界大戦末期、オッペンハイマーが原爆開発の「マンハッタン計画」を指揮した経緯や、ニューメキシコでの試作核弾頭の臨界実験「トリニティ」の様子などが描かれている。興行収入は全世界で5億ドル(約710億円)を突破。来年のアカデミー賞候補との呼び声も高い。
だが、いまだ日本での公開は未定となっており(8月28日現在)、日本語字幕の付いた予告編すら公開されていない。「広島・長崎を描いていない」「被害者の視点がない」といった批判があり、それを配給会社が忖度したのでは、とも囁かれているが、本作はそれほどの“問題作”なのか。
これは“反戦・反核映画”
まず『オッペンハイマー』はとてもいい作品でした。ノーラン監督作品の中でも素晴らしい出来だと思います。『インターステラー』や『インセプション』と同じくらい、心に響きました。
まず印象的だったのは、音です。核爆発の衝撃を想起させる「ガタガタガタ」という不気味な振動音が要所要所で使われ、全体を支配している。音楽担当は前作の『テネット』と同じルドウィグ・ゴランソンという人らしいですが、個人的には、ハンス・ジマーが音楽を担当した『インセプション』に近い印象を抱きました。『インセプション』もそうでしたが、何度も繰り返される重低音が恐怖や心の揺らぎを表現していて、作品の主題を巧みに演出しています。
あと、ディテールとして面白かったのは、当時オッペンハイマーの周囲に綺羅星の如く存在した、偉大な科学者たちが登場することです。アインシュタインやエンリコ・フェルミ、ボーアにハイゼンベルク。森を散歩しているアインシュタインにオッペンハイマーが相談に行く場面があります。アインシュタインの横に長身の男がいて、「彼とよく散歩しているんだよ」なんて台詞がある。じつはそこでたいへん有名な数学者が出てくる。正確な史実ではないのでしょうが、「ひょっとしたらこんなことがあったのかも」と知的好奇心がくすぐられる場面でした。
作品を取り巻く状況を考えたとき、「原爆の父」を主人公にした映画に対して警戒感を抱く人たちがいるのは理解できます。実際、本作は原爆の開発過程を詳しく描く一方で、被爆の悲惨さは台詞で言及されるのみです。問題意識に欠けるという批判はありえるかもしれない。
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source : 文藝春秋 2023年10月号