news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは慶應大学医学部教授の宮田裕章さんです。
〝銀髪〟の発案者が語る日本のコロナ対策の陥穽
有働 宮田先生、初めまして。直接お会いしたことのない方とオンラインで対談させていただくのは初体験です。
宮田 光栄です(笑)。
有働 宮田さんは、通信アプリのLINEを活用した新型コロナ対策の全国調査を発案し、人々の膨大な健康データを集めて、厚労省クラスター対策班や自治体と連携しながらコロナ対策の「次の一手」に生かす試みを続けられています。
宮田 国内にいる約8300万人のLINEユーザーのうち、3月31日から4月1日に実施した第1回の調査には約2500万人もの方に回答していただきました。回答率は約3分の1で、国勢調査を除けば日本で史上2番目に大きい調査だそうです。
有働 そんな大規模な調査を短期間のうちに何回も行っているのは、今回が初めてでしょうね。
宮田 はい。5月上旬に第4回の全国調査を皆さんにお送りしたのですが、そのテーマは格差です。
宮田氏
有働 格差、というと?
宮田 新型コロナウイルスの対策が他の感染症と比べて厄介なのは、広範囲な活動制限により、医療だけでなく経済にも多大な影響を与えることです。経済危機の規模としてはリーマンショックを超え、100年前の世界恐慌レベルまでいくと予測されています。一方、経済的な損失は職業ごとに大きなバラつきがある。その実態を把握するための調査でした。
有働 私も回答させていただきました。調査結果から、どんなことが分かりましたか。
宮田 LINEユーザーは比較的若年層が多い傾向がありますから、そうした背景は考慮する必要がありますが、職業によって経済的なダメージに大きな偏りがあることがデータからも裏付けられました。回答した約1800万人のうち、「雇用や収入に不安を抱えている」に「はい」と回答した職業は、タクシードライバーが82%でトップ。次いで理容・美容・エステ関連が73%、宿泊業・レジャー関連が71%、飲食関連が66%でした。特にインバウンドに関する需要は短期的な回復が難しいと予測されています。こうした痛みに、どう向き合うかが重要です。
システムを説明する神奈川県の黒岩祐治知事
パンクなファッションの理由
有働 先生のことはテレビで拝見して、大学教授らしからぬ銀髪にパンクなファッションでずっと気になっておりました(笑)。
宮田 私は慶應大学と東京大学の医学部で教授をしていますが、医師ではありません。医療や行政、企業の現場にいる人たちと連携し、ビッグデータやAIなどの科学を用いて社会をより良くすることを目指して研究しています。日本政府が推進する「Society5.0」や、世界経済フォーラムのプロジェクトなど、未来の社会を構想する国内外の約300のプロジェクトに関わっています。髪や服装についてはよく聞かれますが(笑)、スーツよりも世の中の多様性を表現できると思っているからです。
有働 プロジェクトを300も!?
そんなにお忙しい中、SNSを使った全国調査を発案したきっかけは何だったんですか。
宮田 医療政策という点から言えば、感染症も広義の専門内ですが、これまでは心疾患やがんなどの非感染症との関わりが強く、感染症はあまり縁のない分野でした。ですから、ダイヤモンド・プリンセス号での感染が報じられていた頃は、事態を見守っていました。ただ、事態の推移を見るうちに、これまでの対策だけでは難しいなと感じました。
有働 何がマズかったんでしょう。
有働キャスター
※この写真は4月号対談時のものです。
宮田 現状の感染症の対策は水際対策の、超急性期の救急対応の専門家が中心になっています。SARSのように症状が発現すれば対処できるのですが、新型コロナウイルスは無症状の潜伏期間中も感染力を持ち、しかもその期間が2週間と非常に長いのが特徴です。
日本は当初クラスター対策をしていたので、かなり的を絞った感染者のデータしかもっていませんでした。それではウイルスが抑え込めなくなった時に、打つ手が限定されてしまう。無症状者を含む膨大なデータも組み合わせて、多角的な視点から対策を練る必要があるんじゃないかと思いました。
有働 クラスターが発生した場所だけでなく、全国の状況を把握するためにSNSに目をつけたのですね。
宮田 私とLINEの執行役員である江口清貴さんが神奈川県顧問を務めていたこともあり、LINEを使ったアプローチを考えました。初期のクラスター対策は功を奏していましたし、厚労省の友人たちも夜も寝ずにコロナと闘っていました。ただ、カウンターリアクションに多くのリソースを使わざるをえず、新しいことを企画する余裕がないという窮状を聞き、外部だからこそ出来ることを支援として届けようというのがプロジェクト開始の動機です。
1週間でシステムを構築
有働 全国調査をする一方で、各地域の公式アカウント「新型コロナ対策パーソナルサポート」(現在18の地域で実施)に友だち登録をすると、利用者の状況に合わせて、医療機関を受診するタイミングなどを通知したり、個別に相談できるサポートもされていますね。
宮田 はい。新型コロナの感染者が呈する症状は刻一刻と変わるので、最新情報を得るのはとても難しい。情報を1カ所に集約して更新し、一人ひとりに寄り添ったサポートをすることも大きな目的の1つでした。
有働 システムはいつから構想していたんですか。
宮田 着手し始めたのは2月末です。最初は3月半ばまでにできれば良いかなと考えていたんですが、3月頭に学校の一斉休校が決まって、このままでは間に合わないと1週間で作り上げました。開発したメンバーの過半数とは、まだ会ったこともないんですよ。
有働 たった1週間で!?
宮田 はい。膨大なデータを保管するスペースを確保するため、AMAZONに声をかけたところ、即座に快諾してくれました。今回、AMAZONもLINEも無償で協力してくれており、深く感謝しています。
有働 巨大企業なのに、そんなに意思決定が速いんですね。
宮田 彼らは社会に信頼されるためにどういう仕事をすべきなのかを常に考えて実践しています。信頼こそ次の社会のキーワードということを強く認識していると思います。
データ監視社会の恐しさ
有働 先生は4年前から厚労省とともに国民一人ひとりの既往歴・服薬歴を一元管理する情報基盤「PeOPLe(ピープル)」を提唱され、本年度から段階的に運用が開始される予定ですね。
宮田 はい。一人ひとりのデータをオープンにして、開かれた情報インフラとして活用してもらうのが「PeOPLe」の基本構想で、LINEのプロジェクトはいわば「PeOPLe」の実践版の一つといえます。
有働 先生は、かねてからデータによって社会が回る「データ駆動型社会」が来ると仰っていますが、コロナ後、その傾向はますます強まっていくんでしょうか。
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source : 文藝春秋 2020年7月号