「福山さんをイメージして小説を書く」「湯川を演じられるのは僕だけ」
プライベートでも親交の深いふたり
この9月に映画「沈黙のパレード」が公開される。福山雅治演じる天才物理学者・湯川学が難事件を解決する「ガリレオ」シリーズの最新作だ。9年ぶりとなる本作では、変わり者の湯川に捜査協力を依頼する女性刑事・内海薫(柴咲コウ)や先輩刑事の草薙俊平(北村一輝)といったおなじみのキャストが再集結。小説のスタートから四半世紀、最初のドラマ化からは15年が経つ。原作者の東野圭吾と、テレビドラマ・映画を通して湯川学を演じてきた福山雅治。プライベートでも親交の深いふたりが、本作や「ガリレオ」シリーズについて語り合った。
福山 9年ぶり――といっても、あまり久しぶりな感じは僕は全然してないんです。あっという間に時間が経っていて、ブランクは感じなかったですね。やっぱり自分の中にずっと、湯川学という存在がいたんだなと。
東野 映像化がなかった間、僕もずっと「ガリレオ」を書いているわけで、9年ぶりという感覚はないですね。それに、僕は書く時に映像を思い浮かべながら書くほうなんですが、はっきり言って、湯川は福山さんなんですよ。福山さんとは時々お会いしていますから9年前の福山さんじゃなくて今の福山さんを見て、それで想像して書いている。だから、久しぶりの映画でもあんまり抵抗がなかったですね。
福山 「沈黙のパレード」の映画を撮る前に、スペシャルドラマ「禁断の魔術」(9月17日放送・フジテレビ系列)の撮影から入ったんです。その衣装合わせの時に、まずオールスタッフで集まります。カメラさん、音声さん、照明さん全員に見てもらうんです。衣装を着て湯川さんになってスタッフさん達の前に出た時、「あ、湯川さんだ」と思ってもらえたら、それが正解だと考えてました。だからその衣装合わせが1番緊張しましたね。そこで「あれっ、なんか違っちゃったな」と思われちゃったら、これはだいぶ調整しなきゃなと思っていたんですけど、いい手応えだったと思います。「あ、湯川さんだ」という空気だったので。
東野 スクリーンでもまったく違和感なかったですよ。
天才物理学者・湯川学を演じる
©2022 フジテレビジョン、アミューズ、文藝春秋、FNS27社
変化させなきゃ気が済まない
福山 ありがとうございます。ただ、僕も年齢を重ねて、どうしても役に自分自身がにじみ出てきてしまってるような。湯川さんになり切ろうとしても、福山の実年齢とか、自分が経験して感じてきたことはどうしても出てしまう。ただ、湯川さんが全てを超越した存在なのもリアリティがないし、精神的な変化がまったくないわけではないだろうと。そのあたりの塩梅というのは常に、僕はもちろん、監督をはじめとする映像化する時のチームも、トンマナ(トーン&マナー。コンセプトや雰囲気の一貫性)は持っているわけです。
湯川さんという人は、あいかわらずどこに住んでるのかもわからないし、たとえば自分で洗濯してるのかなんてことも見えない。生活感……まあ、あまりないんですけど(笑)。出張先で出会った人達とはちょっと人間ぽいところもあるけど、やっぱり謎が多い。そういうバランス感は調整しましたが、年を経た特別な変化を見せるために何かをすごく工夫したわけではないんです。そこは自然に出るだろうなと。
東野 変化という面でいえば、僕はシリーズキャラクターを変化させなきゃ気が済まないんです。他の作家のキャラクターの中には、「いったい人生のうちに何百の事件を解決するんだ?」という探偵役がいたりするわけですけど、自分の場合はせいぜい10作、10事件ぐらいです。それでも多いと思うんだけど。それを、探偵役とはいえ、経験した出来事を自分の人生なりライフスタイルなりに反映させない人間っていないと思うんですよ。その経験を少しずつ肥やしにしたり、糧にしながら、人は変わっていくと思うので。特に長編シリーズではそういうことを強く意識しますね。今回の『沈黙のパレード』でも、湯川は『容疑者Xの献身』で犯人を追い詰めた時のような、あんな苦い思いはもうしたくないというのがある。
福山 そうやって先生が書いてくださっている確たる設定と設計図があるので、そこにさらに色を付けようとは思わないんです。たぶん、自然とそうなっていくんだと思うんですよね。
秘め事のようにときめく
東野 ちょっと生意気かもしれませんが、さっきも言いましたように、僕は福山さんをイメージしながら小説を書いてるわけです。一方で福山さんも、年齢を重ねられて変わっていく。今の福山さんが演じる湯川はこんな感じだろうと書けば、自然な形で湯川も変わっていく。無理やりキャラクターを変化させたり、奇抜なことをさせたりする必要はないんじゃないかな。自惚れた言い方かもしれませんけど。
福山 いえいえ、実際、演じる方も本当にやりやすいです。ありがとうございます。ただ……、連続ドラマ第1シーズンと「容疑者X」の頃の髪型が、ちょっと毛先を遊ばせすぎてるんですよね。そこはちょっと……反省しています(笑)。その時代ではよしとされていたことなので、今振り返ってもしょうがないんですけど。
東野 若かったんだからいいじゃないですか(笑)。
福山 すみません……(笑)。
東野 私のように、本を読む時に映像を思い浮かべる人って多いと思うんです。こうして映画やドラマとして映像化された後では、小説の読者も福山さんをイメージしないわけがない。ほとんどの人が、湯川のシーンでは福山さんの顔を思い浮かべ、草薙刑事のところでは北村一輝さんの顔を思い浮かべ、内海刑事では柴咲コウさんの顔を思い浮かべて読むと思うんですよね。それを、「そうやって読まないでくれ」なんてバカなことを言ったってしょうがない。だったら上手に利用して読みやすいように書きますもんね。「ちょっと福山さんのイメージじゃないな」ということは書かないですよ。福山さんに「俺のことをどれだけ知ってるんだ」と言われそうですけど。
福山 いえいえ。小説も全部読ませていただいてますが、これは僕にとってすごく贅沢な時間です。「ガリレオ」の新作を最初に読ませていただく時というのは、まず、「湯川学をこの地球上で演じられるのは僕だけだ……」と思って読んでいるわけです。「おお、今回はこんな僕なんだ!」と(笑)。で、何度か東野さんとプライベートでお食事させていただいた時に、僕が持って行ったウイスキーがあるんですけど、その同じウイスキーが小説の中に登場したりするわけです。そういう楽しみを練り込んでくださる。そこを読んだときは「あれだ!」と。「あの時のウイスキーが出てきたな」と人知れずニヤリとするわけです(笑)。
東野さんと食事したとか、こういうお酒を飲んだというのは特に秘密にしているわけじゃないけど、そういうプライベートなものが作品に少しずつちりばめられて練り込まれているのを読むと、「これはあの時のあれを、東野先生は思い出しながら入れてくれたんだな」と思うわけです。これはもう、この上ない贅沢ですよね。「東野さんと僕だけのエピソードだ」と秘め事のようにときめきながら読めるんですから(笑)。
東野 「俺の好きなワインだ」とかね(笑)。
福山 本当に贅沢な時間です。恋愛に例えると、ふたりでこっそり行ったデートの話がちょっと書いてある感じですかね。「もう~、こんなところに書いちゃって。圭吾さんったら」みたいな。
東野 ははは(笑)。
福山 「恥ずかしいな。でもうれしいな」って。
東野 『聖女の救済』の小説では内海薫がiPodで福山雅治の曲を聞いたりしてますからね。
福山 あれも嬉しい驚きでした。小説は、キャストの顔だけではなくて、いろんな情景とか匂いとか触感とか――五感ですね。脚本は、映像にするために小説の詳細な表現を削ぎ落としながら行間を増幅させ、それを映像化するスタッフさん達と俳優達が可視化していくという作業。でも、小説はすべて文章のみで表現していかなきゃいけない。役者として、自分ならどう演じるかという読み方をまったくしないわけではないけど、それよりはまず、小説は小説として、一読者として楽しんでますね。
共演の柴咲コウ(左)
©2022 フジテレビジョン、アミューズ、文藝春秋、FNS27社
「ドラえもん」の構造
――小説の映像化となると、カットされるエピソードや脚色はつきものですが、今回の「沈黙のパレード」で「ここをこう変えたのか」と思った箇所はありましたか?
東野 序盤で、今回の事件の被疑者との因縁に気付いた草薙が、会議室で吐いてしまったのにはビックリしましたね。原作にそんな場面はないですから。でも、あれだけで伝わるんだなと。あの時の草薙の心理は小説では何ページも使って書いてるんですが、それがあのシーンひとつで伝わる。役者さんの演技も含めて、映像の力だと思います。
あと、あるシーンで、草薙のところに湯川がニッコリしながら現れるシーンがあるんですけど、草薙に対してあんなに好意的に登場した湯川は初めてかもしれないですね。
福山 あれは西谷(弘・監督)さんの確信犯としての狙いのカットでして。
東野 そうなんですか。
福山 あのシーンはああしたいんだ、と。草薙がとても辛い状況にある場面なんですが、「苦しんでいる人のところにこれぐらいの(明るい)感じで行っていいんですか?」って尋ねると、「いや、それが狙いですから」と。草薙の心中など全く意に介してないような感じで、っていうのをやりたいんだと言われて、なるほど、わかりましたと。心配そうな顔をしてじっとり草薙に会いに行くというよりは、湯川だからこそできるトンマナですよね。
『沈黙のパレード』原作
これまで原作の「ガリレオ」シリーズは短編集が4冊、長編が6冊刊行されている。短編が連続ドラマの原作として映像化される一方、長編のうち『容疑者Xの献身』『真夏の方程式』『沈黙のパレード』は映画化、『聖女の救済』は前後編でのドラマ化、『禁断の魔術』は映画「沈黙のパレード」の公開に合わせてスペシャルドラマとして放送される。
——短編と長編、あるいはドラマと映画で、作り方にはどんな違いがあるんでしょうか?
東野 短編の構造は長編とは違うんです。よく言うんですけど、基本的にこれは「ドラえもん」なんですよ。草薙がのび太で、ガリレオはドラえもん。厄介な事件があった時、草薙が「助けて、ドラえも~ん」とやって来る。「ガリレオ」の短編はそういう構造です。
福山 映像化された最初の頃の草薙は自分の手柄や警察内での評価が欲しくて、解決できなそうなものを湯川のところに持っていく。湯川さんは、ドラマの第1シーズンから基本的に「僕は事件には興味はない」と言い続けているんだけども、ま、友達の案件だからやってみよう、となる。だけど、興味を持った事件に関してだけなんですけどね。
そこで内海薫という若手の刑事が登場するようになり、草薙は自分ではなく、彼女を湯川さんのところに行かせるようになる。おそらく最初は、草薙もどれぐらいずる賢かったのか分からないですけど、内海にやらせておいて、事件解決したら上司には「僕がちゃんとやっておきましたので」というような感じだったんじゃないでしょうか。
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source : 文藝春秋 2022年10月号