アンドロイドはどこまで人に近づいたか

有働由美子のマイフェアパーソン 第16回

石黒 浩 大阪大学大学院基礎工学研究科教授
エンタメ テクノロジー
news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは大阪大学大学院基礎工学研究科教授の石黒浩さんです。

有働ロイドの誕生はいつの日か⁉︎

 有働 今日のゲストは石黒浩さん。先生はタレントのマツコ・デラックスさん、黒柳徹子さん、作家の夏目漱石など、人間そっくりの精巧なアンドロイドを作り続けているロボット研究の第一人者です。まず、ずっと気になっていることから聞きたいのですが、先生の服はどうしていつも黒なんですか。

 石黒 ああそこから。これはまあ、実験といえば実験みたいなもので。

 有働 実験!ですか?

 石黒 服は、自分と他人を区別する「アイデンティティ」を一番はっきり示すものです。例えば、遠くから人が歩いてきたとき、最初に有働さんが認識するのは、まずその人の服だと思うんです。

 有働 あ、遠くから黒い服を着た男性が歩いてくる、と。

 石黒 はい。それで段々近づいてくると次に「顔」がわかって、そして、会話して、初めて名前が意味を持つようになる。

 有働 確かにそうですね。

 石黒 とすると、僕が他人に「あ、あの人、石黒浩だ」と認識してもらうのに、まず一番重要なのは「服」。顔や名前よりこっちのほうが圧倒的に大切です。

 有働 黒い服=石黒浩と認識してもらうために常に黒を着ていると。

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石黒教授

 石黒 相手に伝わってこそのアイデンティティですからね。いつも同じデザインの黒い服を着るようにしています。僕からすると、むしろ、なぜそんなに服を変えるのかがわからない。名前や顔は毎日変えないんだから、服だって変えないほうがいいんじゃないかと。

 有働 みんな、それほど目立ちたくないのではないでしょうか。

 石黒 でも、一方で今は「アイデンティティの確立」が大事だといわれます。だったら、その一番の要素である服についてなぜ考えないのか。まず形から入ってみるのも大事です。

 有働 なるほど。しかし、なぜ黒?白や黄色じゃダメなんですか。

 石黒 黒は一番便利ですよ。そもそも機能的ですし、熱を吸収するので寒くないし、カジュアルでもフォーマルでもいける。冠婚葬祭にも対応できますから。名前にも「黒」が入っていますしね。

日テレの「新入社員」

 有働 今日は先生に、アンドロイドがどこまで人間に近づいているかを伺いにきました。

 石黒 NHKの藤井彩子さんって知ってます?

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有働キャスター

 有働 はい。NHK時代の2期下のアナウンサーで、よく一緒に飲みにも行きました。

 石黒 僕は1990年頃からロボットの基礎的な研究を始めましたが、最初のアンドロイドのモデルは、藤井さんなんですよ。2005年の愛知万博の時に、当時のNHKのプロデューサーに相談して作りました。

 有働 そうでしたね。一昨年には先生が作ったアンドロイドのERICAが、日本テレビの「新入社員」になって話題になりました。先生が初めてアンドロイドを作ってから15年ほど経ちますが、どのくらい人間に近い会話ができるようになったのですか。

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<ERICA>
ERICA:ERATO 石黒共生ヒューマンロボットインタラクションプロジェクト

 石黒 ERICAは、初対面の人とでも5〜10分は喋ることができます。相手が何を話すか事前に予測しながら話題を変えられるよう、80通りぐらいの会話ができるようになっています。しかも話しながら相手の表情を見て、反応が薄かったり話が弾まなかったりすると、自然と会話を収束させていきます。

人間が元気になるバランス

 有働 会話の終わらせ方にも人間らしくするための技術が使われているんですね。なるほど。数々のアンドロイドを作ってきて、どんなことが分かってきましたか。

 石黒 「分からないことがいっぱいある」ということが分かりました。例えば10数年前に自分自身のアンドロイドを作った時、いかに自分を客観的に見ていないかがとてもよく分かったんです。自分のイメージは頭の中で作っているだけで、人が見ているイメージとは別物なんですよ。

 有働 どこが一番違いましたか。

 石黒 どこというより全部ですね。そもそも人が見ている自分の顔って、自分が鏡で見ている顔と逆向きじゃないですか。

 有働 はい。私は仕事柄、もう見慣れちゃいましたけど。

 石黒 僕の場合、人にどう見られているかを女性ほど気にしていないせいもあると思うんですけれど、自分で見てびっくりしました。例えば、髪の毛の分け目一つとっても、いつも一生懸命分けていた向きが「逆やん」と気づいて。声だってスピーカーを通して聴くと別人みたいでした。動きもそうです。例えば貧乏ゆすりなどの「癖」って自分でも気づいてない場合がありますよね。

 有働 私にも経験があります。最近ツイッターなどで視聴者の反響がすぐ届くようになってきて。「こう思われているに違いない」と想像していた自分と、反響が全く違うことがよくあります。

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 石黒 「自分から見える自分」と「他人から見える自分」にはすごくギャップがある。それがあまりにも乖離していると社会性を失うんですが、どこまでが「セーフ」でどこから「アウト」なのか。一致している場合、それはその人にとって良いことか悪いことか。最近、そういうことを考えています。有働さんは、もし自分のことを100%客観的に見られたら、どうなると思いますか。

 有働 アニメの主人公のように、のびのびするんじゃないですか。

 石黒 僕はそうではないと思う。もし、誰かに「お前は駄目なやつだ」と言われても、認識が一致していなければ「いや、そんなことはない」と思えるけど、一致していたら立ち直れないんじゃないかと。

 有働 「こいつは私のこと何も分かってない」と思えるからこそ守られる部分があるんですね。

 石黒 ええ。だから、自己認識というのは、想像で補完していたり、都合のよいように解釈している部分がある。むしろ人間は100%自分のことを客観的に認識していないということが大事という気がします。

 有働 自分と他人の認識のズレが、ある種の「救い」になっているということですか。

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 石黒 はい。これから人類は「データの時代」を迎えます。自分の行動が全て記録され、データで「あなたはこういう人間です」と明らかにされるわけです。1日に何回トイレに行くか、貧乏ゆすりをどれくらいしているか、そういうことが全て分かって、CGで再現することもできるようになる。でも、完璧なデータをその人に提示することがその人を幸せにするわけではないでしょう?

 有働 とすると、何%くらい自分を理解してればいいのでしょうか。

 石黒 実験をしたわけではないから分かりませんが、8割ぐらいわかっていて、2割ぐらいが分からないのが、人間が元気になるバランスのような気がしています。技術的にはその人がどういう人か、ほぼ100%説明できる世界が来ると思うんですけど、あえてその人に知らせない、あるいは想像の余地を残すように、曖昧に伝えるということをしなければならないと思うんです。

アンドロイドは基礎研究

 有働 しかし、精神的にはきつくても、10割を知ったほうがより良い世界になるかもしれないですよね。

 石黒 ただ、仮に10割伝えても、多分8割しか覚えない。そうやって人間は適当なところでバランスを取るようにできていると思う。

 有働 面白いですね。それが今研究されていることなんですか。その発見からどんなアンドロイドが生まれるんでしょう。想像もつきませんけれど。

 石黒 研究するには、いろいろなアイデアが必要です。もし本当に今述べた「8対2」の法則があるとしたら、アンドロイドの動作についてそういう発想でデザインすると人間らしくなるんじゃないかと。

 有働 10教えても8しか覚えないアンドロイドや、10、分かっていても8しか教えてくれないロボット。こう言葉にするだけで少し人間味を感じますね。そう考えると「曖昧さ」というのが人間らしさを考えるうえでキーになるのかもしれない。先生は今後、アンドロイドはどう進化すると思いますか。

 石黒 アンドロイドには難しい問題がたくさんあるので劇的に進化することはないと思います。まず、人間のような筋肉って作れないんです。皮膚にしても、僕の研究室で作っているアンドロイドは3年ほどで張り替えないと劣化しちゃう。

 有働 そのことで言うと、先生は自分をアンドロイドに似せるために整形もされたと伺いましたが。

 石黒 大抵の人はアンドロイドと僕を並べて比べたがるんです。あれを作ったのは42歳で、それから10年以上経ちましたから、「先生も年を取りましたね」とかいろいろ言われる(笑)。アンドロイドの皮膚を張り替えるのには300万円ぐらいかかるので、人間をアンドロイドに似せるほうが安いんですよ。

使用ー石黒氏とアンドロイド(右)
 
石黒氏とアンドロイド(右)
ジェミノイド™HI-4:大阪大学開発

 有働 コスパの問題でしたか(笑)。

 石黒 有働さんも興味があったらやるといいですよ。一発でシワが消えるやつがあるんです。

 有働 えっ。それは今後のために是非教えてください(笑)。

 石黒 じゃあ、対談が終わった後に(笑)。アンドロイドは、これからまだ何回も技術革新がないと人間らしくはならないでしょうね。アンドロイドは、いわば基礎研究。実用的ではないんです。アンドロイドでどこまで人間に似せられるかチャレンジしながら、そこで得た大事なエッセンスを、実用的なロボットに持ち込もうとしています。

 有働 例えばどんなロボットに?

 石黒 小型のコミュニケーションロボットです。自閉症の人は複雑な感情を理解するのが難しいので、ロボットを介してのコミュニケーションのほうが必要な情報が伝わることが分かっています。また高齢者や認知症の人も「家族よりもロボットを介したほうが話しやすい」ケースがあることも明らかになっています。対面では家族が内心抱いている不満が表情などから伝わってしまい、高齢者が気後れしてしまうからです。

 有働 緊張したり気を遣いすぎたりする人も、ロボットを介したほうが会話が弾むかもしれないですね。

 石黒 それから、海外のホテルの部屋に、日本語を話すロボットがいたらどうでしょうか。ロボットはプライバシーを守ってくれるし、存在感もあるので、居るだけですごく安心すると思います。それは人間にはできない。部屋に赤の他人がいたら恐怖しかないですから(笑)。

使用ー抱き枕型通信メディア「ハグビー」
 
抱き枕型通信メディア「ハグビー」
ハグビー™:国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所

AI美空ひばりが侵したもの

 有働 AIについてもお伺いさせてください。NHKは去年の『紅白歌合戦』で、美空ひばりさんの歌声をAIで作り、「AI美空ひばり」として新曲を披露しました。視聴者から感動したという声があった一方で、ミュージシャンの山下達郎さんが「冒涜」と発言するなど、賛否両論を巻き起こしました。亡くなった方をAIで蘇らせる。そうした試みをどうご覧になりましたか。

 石黒 私自身も故人である夏目漱石や落語家の桂米朝師匠のアンドロイドを作りましたが、新作を作るというところまでは踏み込んでいません。山下さんはどういう意味で「冒涜」と言ったのでしょうか。

 有働 山下さんはラジオのリスナーからの「技術としてはありかもしれませんが、歌番組の出演、CDの発売は絶対に否と考えます」という意見に対して「ごもっともでございます。ひと言で申し上げると、冒涜です」と、それ以上は発言されませんでした。

 石黒 あくまでAI美空ひばりですから本人と明確に区別していますし、生前のイメージを崩すものでなければ、冒涜とまでは言えないような気もします。「もし生きていたらこういう歌を歌っていたかもしれない」という事であれば、もう一度社会の中でみんなの期待に応えて生き続けているとも言える。見る人がどう受け止めるかは「人間の尊厳」というものをどう考えるかで意見が分かれるところかもしれませんね。

 有働 自分が尊厳を傷つけられたと思う時は、どんな時か。人によっても違うでしょうね。

 石黒 はい、とても難しい問題です。スマホで調べてみると尊厳とは「侵してはならないこと」と書いてありますね。以前、バチカンで講演したときにも「人間の尊厳を守ることが大事だ」と言われたことがありますが、そもそも、尊厳という言葉だけでは、よく分からないですよね。人間の尊厳の問題は、本当に丁寧に考えないと。簡単に答えを出せるものではない。

 有働 本当にそうですね。

 石黒 ただ、そうした賛否が巻き起こるほど、AIが「人間らしさ」を表現できるようになってきたということはいえるかもしれません。

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source : 文藝春秋 2020年5月号

genre : エンタメ テクノロジー