東京・上野駅近くにある永寿総合病院では、今年3月、新型コロナウイルス感染症の集団感染が発生し、入院患者109人、そして職員83人が陽性と確認され、原疾患で闘病中だった43人が死亡した。その後、国内各地で院内感染事例は頻発することになるが、最初で最大の病院クラスターが、永寿だった。
7月も半ば以降、国内で「第2波」の懸念が膨らみ、再び医療現場に緊張感が高まる中、「永寿の経験が今後への備えに役立つのであれば」と、湯浅祐二院長(68)が本誌の単独インタビューに応じた。(聞き手・広野真嗣)
湯浅氏
最も厳しい戦いを強いられた病院
新型コロナウイルスの院内感染により、私が院長を務める永寿総合病院では、今年3月下旬以降、入院中の患者や職員に多くの感染が発生しました。外来診察・新規入院を休止した後、予約再診患者に限って再開したのは、2か月後の5月26日。6月8日からは全面的に外来を再開するところまでこぎつけました。
本来、治療によって健康を取り戻したいと入院された患者さんやご家族の期待に沿うことができなかったことは、痛恨の極みです。しかも、ご家族とも面会することができない中でお亡くなりになりました。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、ご家族にもお詫び申し上げるほかありません。
当院は病床400床、全26科からなる急性期総合病院です。2か月余り外来も新規の入院も停止し、東京都台東区の中核病院として期待される役割を果たすことも、できませんでした。こうして地元にも不安を与えてしまったことについても、大変申し訳なく思ってきました。
まだコロナ禍は続いていますが、振り返ってみれば、永寿は一時期、第1波に見舞われた日本で、最も厳しい戦いを強いられた病院となっていたと思います。
もちろん、職員たちは一丸となって本当によくやってくれました。
子供の通院や家族の出勤を拒まれたり、アパートを退去させられたりといった目に遭う職員もいる中、ほとんど欠ける者もなく、ここまで力を尽くしてくれました。
その上、ほとんど言葉に出して話すことこそありませんが、未知の感染症で患者が次々と亡くなっていくという、医療従事者としては耐えがたい心の負担を強いられてきたことは間違いありません。
台東区の中核病院
患者から職員の集団感染へ
ただ、永寿以外の病院でも、同じことが起きる可能性は十分にあったと思います。
責任者として、死をもたらすウイルスと対峙した苦い経験は絶対に繰り返してほしくありませんし、日本の医療体制なら、保健所や検査の体制を拡充することで、感染者や死者を最小限に食い止める道はあるはずだと信じています。
その一助になればと、あえて、お話しすることにしました。
永寿総合病院が集団感染を察知したのは、3月20日頃のことだった。
厚生労働省クラスター対策班が4月半ばに明らかにした疫学調査等によれば、3月14日頃から病棟5階の西側で複数の患者に発症が見られ、19日には看護師も含めその数が急増した。
永寿は21日、地元の台東保健所に連絡した上で、いずれも70代の2人の男性入院患者にPCR検査を実施する。このうちの1人は2月26日に脳梗塞の診断で入院した後、3月5日から発熱した。もうひとりは、同じフロアの別の相部屋に、3月4日から肺炎で入院していた。
前出の調査は2人について「原疾患の影響もあって発症日の判断が難しいものの、この2例が起点」と見る。2人は3月24日、29日にそれぞれ死亡した。
正直に申し上げて、予期せぬ出来事の連続でした。
2月26日に入院された最初の患者さんについては、誤嚥を繰り返していたので、その発熱も誤嚥性肺炎によるものとみていました。
当時はまだ、都内では1日の新規感染者が一桁にとどまっていて、累計の感染者が50人ほどの頃でした。中国で大流行しているとはいえ、国内で、感染が広がっていたのは北海道や横浜のクルーズ船ぐらいで、医療体制のしっかりした日本で、市中感染が広がっているという認識はまだない時期です。
ところが3月20日頃、発熱者が不可解なかたちで増えはじめたので私たちも懸念を覚え、保健所に相談して検査した結果、新型コロナの感染がわかりました。
それ以降に判明した感染の広がりは、驚くべきものでした。
検査をした21日には、2人が入院していた5階西病棟への新たな入院を停止しましたが、感染は、このフロアだけに止まることはありませんでした。
23日に最初の2人の陽性が確認され、翌24日に患者1人に加え看護師1人の感染が判明しました。医療者側にも陽性者が出たことから、この日、5階西病棟を受け持つ全職員を自宅待機としました。
患者の集団感染から遅れて、職員の集団感染が明らかになりました。感染した患者の年齢層が60代から80代なのに対して、感染した医療従事者は20代から40代と若いこともあってか、発症しても、重症化した者はほとんどいません。
ただ、職員が感染すると、所属の病棟ごとに配置されている約20人のチームまるごと、たとえ本人が元気であっても自宅待機を指示せざるを得ませんでした。
欠員を補おうにも外から応援がやってくるわけではありません。急遽、病棟担当の看護スタッフの代わりに、慣れない外来担当の看護スタッフを充てざるを得ませんでした。
感染力は想像以上
検査が行われるようになると、結果が届くのは大抵、夜でした。その都度、感染の新たな広がりが判明しました。患者が陽性とわかれば、隔離した部屋に移すためにベッドを移動し、職員ならば自宅待機の指示をして、新たな職員を配置……といった作業に連日追われました。
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source : 文藝春秋 2020年9月号