菅「敗戦処理内閣」の自爆

特集 第二次コロナ戦争

片山 杜秀 慶應義塾大学教授
ニュース 政治
“危機”の演出で政権を維持してきて、本物の“危機”に躓いた「安倍=菅」。「GoTo」「ステーキ会食」を止める者が官邸にいなかったことの意味を読み解く。

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▶︎安倍政権の「それまでのやり方」は“平時の非常時化”。しかしコロナ危機を前にそれが手詰まりになった
▶︎安倍政権と異なり、菅政権は「首相みずからが決定する」というトップダウンのあり方が、無理にでも“無謬性”を貫くことを強いて、柔軟な軌道修正を困難にしている
▶︎新自由主義にもとづく“行政の徹底したスリム化”ーー菅政権は、“ディストピアとしての未来”を兆候として示している
片山杜秀氏
 
片山氏

「この国のかたち」が崩壊する過程

「みなさん、こんにちは。ガースーです」――インターネット番組でこう自己紹介する菅義偉首相の姿を見て“これが一国の宰相か”と、全身から力が抜ける思いがしました。安倍政権を官房長官としてあれだけ長く支えてきたのだから、推進する政策の是非は脇に置くとしても、少なくとも“カミソリのような切れ者”だったのではなかったのか、とこれまでの認識も裏切られました。

 いま私たちは、菅政権の“迷走ぶり”を毎日繰り返し見せられているわけですが、これからますます何か悪い方向に向かう“歴史的な局面”に立ち会っているのではないか、という嫌な予感がしています。

 こうした迷走ぶりが、単に首相や閣僚の個人的資質に帰せられるような問題であれば、首相や閣僚が代われば済むでしょう。しかし、いま私たちが目撃しているのは、そんな次元の問題ではなく、大げさなようですが、ひょっとして「この国のかたち」(日本の統治機構)それ自体が崩壊する過程ではないか、という気がしてならないのです。

 こう思ってしまうのは、まず「安倍政権から菅政権への引き継ぎ」の仕方に、そうせざるを得なかった真の原因を糊塗するような“不誠実さ”を感じるからです。

 安倍首相の辞任は、表向きは「健康上の理由」とされています。実際、本人のご体調の問題もあったのでしょう。しかし、安倍政権末期の一連の経緯を見ていると、結局のところ、コロナ危機を前にして、それまでのやり方が手詰まりになった。いわば“政権を放り出した”と思えてならないのです。

安倍晋三氏
 
安倍前首相

“見せかけの危機”と“本物の危機”

 ここに言う安倍政権の「それまでのやり方」とは、一言で言えば“平時の非常時化”です。つまり“平時”において“非常時”を煽る。ありもしない“危機”を演出して、その危機から国民を守っているように見せかける。現在を実際よりも深刻に見せて、未来に希望を先延ばしする。これが安倍政権の得意技で、これによって政権浮揚を図ってきたのです。

 それほどの危機でないような時に、Jアラート(ミサイル発射などに対する全国瞬時警報システム)を鳴らして“危機”を煽ってみたり、東京五輪や大阪万博を誘致して、未来に何か良いことがあるかのように見せる。それは一種の幻影にすぎません。しかし、そう疑われても、また次の幻影を見せればいい。安倍政権は、こういう演出を一生懸命にやって延命してきました。

 ところが、コロナ危機で、安倍政権は“本物の非常時”に直面することになります。

 これでは“平時の非常時化(=未来への問題の先延ばし戦略)”というお得意の手法は通用しません。むしろ“非常時を平時に”戻さなければならない。つまり、コロナという「いま目の前にある本物の危機」に対処しなければならなくなったのです。

 コロナという危機の実態は、具体的な数値となって表れます。検査数に限界があるとは言っても「感染者数」の日々の推移は、すぐに数値化されます。とくに「死者数」などは誤魔化しが利かない。こうなると、目の前にある本物の危機を放置して、何か別の幻影で国民の目をそらすことなどできなくなります。

 こうして“見せかけの危機”を演出して長期政権を維持してきた安倍政権は、コロナという“本物の危機”に直面することで迷走し始めました。

 象徴的だったのは、2020年2月27日に、安倍首相から唐突に発表された「全国一斉休校の要請」です。私はすぐに、東日本大震災後の当時の菅直人首相による「浜岡原発の停止要請」を思い出しました。トップダウンだと言えば、トップダウンですが、あまりに唐突。何の手続きも、何の科学的根拠も、何の法的根拠もない。事故を起こした福島第一原発にヘリコプターから水をかけたのと同じで、効果はほぼゼロなのに“とにかく何かやらなければいけない”というので動いただけ。

 結局、安倍政権は、コロナ危機にうまく対応できず、“平時の非常時化”という得意技も封印されることで終わりを迎えることになりました。にもかかわらず、8月末の辞任会見では、「あくまでも健康上の理由による辞任だ」として、みずからの“政治責任”について言及することを巧みに避けました。私には“敵前逃亡”にしか見えませんでした。

 このような形で安倍政権を引き継いだ菅政権は、実は“敗戦処理内閣”としての役割を担っています。ところが“安倍路線を継承すれば上手くいく”という表向きで菅政権はスタートしました。ここに私は、政治責任をうやむやにする不誠実さを感じるのです。

菅義偉氏
 
菅首相

「菅さんには安倍さんがいない悲劇」

 こうした安倍政権の終わり方を見ると、そもそも安倍政権も強力に推進してきたはずの「官邸主導」とは一体何だったのか、と改めて考えさせられます。「官邸主導」は何よりも危機に対処するためだったはずなのに、コロナという本物の危機に、あまりに無力だったからです。

 歴史を遡れば、「官邸主導」は、90年代の「橋本行革」の頃から続いてきた流れですが、これが、本格的に機能し始めたのは、安倍政権になってからです。それは何より「内閣人事局」を設置して「各省庁の幹部人事」を官邸が掌握することで実現しました。官邸が実際に直接介入するのは限られたケースであっても“官邸がその気になればどうにでも動かせる”と思わせるだけで、絶大な効果を発揮したのです。

 安倍政権の官房長官として、菅首相は「官邸主導」のまさに中枢を担っていました。さらに自ら首相になってからは、ある意味で、この“トップダウン方式”を安倍政権以上に推し進めたと言えます。

 というのも、安倍政権では、「官邸内部」に、菅官房長官や官邸官僚など、複数の有力なプレーヤーが並び立っていました。安倍首相がすべてを一人で決める、という感じではなかったのです。安倍首相自身は、少し悪い言い方をすれば“神輿(みこし)”のような存在で、しかしだからこそ、官邸全体としては、今よりは柔軟な対応が可能で、何か問題が起きた時には“軌道修正”も容易でした。

 “安倍官邸における安倍首相”と比べて“菅官邸における菅首相”は“より突出した存在”になっているようです。実際、菅首相は、本当にトップダウンで、可能なかぎり自分自身で判断している節があります。

 例えば、「GoToトラベル」に拘って「全国一斉停止」の判断が遅れたのも“俺が俺自身で決めたんだから、そんな簡単にやめられない”ということも背景にあったのではないでしょうか。とくに「GoToトラベル」のような政策は、臨機応変な判断が必要なのに、何か問題が生じても、一度決めたら、それを貫いてしまう。「首相みずからが決定する」というトップダウンのあり方が、無理にでも“無謬性”を貫くことを強いて、柔軟な軌道修正を困難にしているように見えます。「菅さんには菅さんがいない悲劇」とよく言われますが、むしろ「菅さんには安倍さんがいない悲劇」です。

 とくにコロナのような非常時には“調整事項”があまりにも膨大に出てきて、とても一人では見切れません。無理にでも“すべて一人で見よう”とすれば平時ではあり得ないような“ボロ”が必ず出てきます。

 例えば、政府として「5人以上の会食」を控えるよう呼びかけているにもかかわらず、「GoToの全国一斉停止」を発表した、まさに当日の夜に、菅首相みずから「8人での会食」に行ってしまう。本来、誰かが「まずいですよ」と言えば止められる話なのに、首相の周囲にそういうスタッフがいないわけです。権力中枢のあり方として由々しき問題です。さらに、西村康稔経済再生担当大臣が、「1律に5人以上は駄目だと申し上げているわけではない」と釈明すると、これまたその日のうちに、「国民の誤解を招くという意味においては、真摯に反省している」と、菅首相自身がひっくり返してしまう。

 多岐にわたる行政機構の各部門を束ねる“調整力”こそ、権力の中枢たる首相官邸の“力量”であるはずです。にもかかわらず、驚くべきことに官邸の内部ですら、この程度の行動や発言を“調整”できていないのです。統治権力としてあまりにお粗末です。こんな官邸に危機管理などできるわけがありません。

“トップダウン”できる“万能人”がいない

 これは一体何を意味しているのでしょうか。

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source : 文藝春秋 2021年2月号

genre : ニュース 政治