大人になった『つなみ』の子どもたち

特集 10年後の東日本大震災

森 健 ジャーナリスト
ニュース 社会
小学校教師、看護師、3人の子持ち……あの作文を書いた子どもたちは、みんな成長した

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▶︎震災から10年後のいま、彼らはどうしているのか。あの震災をどう思うのか。森氏は『つなみ』の子たちの現在を訪ね歩いた
▶︎当時小学生だった1人は、「いまの小学生はもう震災は知らない世代です。だからギリギリ覚えている僕らが伝えていかないといけないと思うんです」と語る
▶︎次の10年では、『つなみ』に書いた子たちの多くは地域を引っぱり、社会を動かしていく存在になる

『つなみ』の子たちの10年後

 日が落ちて冷え込み始めた18時の仙台駅。周辺には前夜に降った雪がまだあちこちに残っていた。

〈お元気ですか。教員採用試験に合格し、春から小学校の先生になります。震災から10年経ち、月日の流れがとても早く感じます。また何かの機会にお会いできたらと思います〉

 今年の年賀状でそんな私信を綴ってくれていたのが、宮城県名取市の大学4年生、橋浦優香さんだった。年明けに連絡をとると首尾よく駅近くで会えることになった。

 初めて橋浦さんに会ったのは、震災翌月の4月中旬、名取市にある小学校の体育館=避難所だった。当時彼女は中学1年生になったばかりだった。この時期、学校はまだ始まっておらず、仮設住宅もできていなかった。震災から約1カ月。避難所は全体として落ち着いていたが、暇を持て余す子どもたちは騒がしく走り回っていた。橋浦さんは年長の友だちと一緒に楽しげに話をしていた。

 あの震災で子どもたちは何を見てどう感じているのか。もし作文を書けるなら書いてもらえないか。そんな思いを抱いて名取市に入り、避難所を回りだした。そこで最初に依頼したのが橋浦さんだった。おそるおそる打診してみると、彼女は快諾、作文を書いてくれた。

 2日後に再訪し、預かった作文をレンタカーの中で広げた。そこで初めて、作文を依頼したことの重さを感じることになった。

 橋浦さんはこう書いていた。

〈外から走ってくる人が「つなみだ」とさけんでいる声が聞こえ、私は屋上に走ってひなんしました。その時はもう、つなみが来ていて車やがれきが流れてくるし、人はおぼれているしで本当に、こわくて悲しい気持ちでいっぱいでした〉

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名取市(地震直後)

 原稿用紙には、避難所での楽しそうな姿とはかけ離れた体験が刻まれていた。これは大変な作文が集まるかもしれないという予感がした。

 結局、この4月の取材では名取、仙台、石巻で22人が作文を寄せてくれた。翌月、地域を岩手県まで拡大していくと、80人あまりから寄せられ、同年6月『つなみ』と題され文藝春秋臨時増刊号として発行されることになった。翌年1月には福島県にも対象地域を広げた。最終的に総計115人の作文が集まり、『つなみ 被災地の子どもたちの作文集 完全版』に結実した。

 その後も一部の子どもたちや家族とは折々に話をしたり、関わることがあった。震災から10年後のいま、彼らはどうしているのか。あの震災をどう思うのか。『つなみ』の子たちの現在を訪ねてみることにした。

苦手だった先生に憧れて

 カフェに現れた橋浦さんはワイン色のセーターに身を包み、すっかり妙齢のおねえさんとなっていた。

 本人は覚えていなかったが、2016年、震災から5年目に書いてもらった『つなみ 5年後の子どもたちの作文集』で当時高校2年だった橋浦さんは将来の夢を綴っていた。

〈私事ですが、今頑張ろうと思っていることは2つあります。まず、教師になるための勉強です。中学生の頃から学校教育に興味があり(中略)、また、震災を振り返るとき被災者として生徒に伝えていきたいと思いました〉

 作文を見せると、たしかにそんな感じで頑張ってきましたと照れ、そのきっかけについて続けた。

「教師に興味を覚えたのは、じつは震災の時の避難所だったんです。私の担任だった年配の女性教師は学校では苦手な印象でした。ですが、震災が起きて避難所にみんなで行ったところ、その先生は率先して地域の人たちに毛布を配ったり、お年寄りをいたわったりしていたんです。先生だって被災者。また、避難所では教師の業務をしているわけではありません。でも、いろんな方をケアしていた。その姿を見て、こんな先生に私もなりたいし、もし教師だったら子どもたちに震災のことを伝えられるなと思ったんです」

 橋浦さんは仙台湾に面した名取市閖上(ゆりあげ)の出身。震災発生直後、上空からのテレビ中継で大きな津波が広く仙台湾を襲っていく様子が放送されていたが、あの近くに生まれ育った。津波によって閖上地区はすべて流され、橋浦さんの家族は名取市の内陸部に転居して生活を再建した。

 橋浦さんは高校、大学と進学する過程で、震災について思い悩んだ時期もあったという。同じ宮城県出身の人でもあの津波を直接経験している人といない人では理解も異なる。また、意識せず体験を語っても、同情を引こうとしていると思われてしまう懸念もあった。

「そんな意図はないんですが、かわいそうと思われるのも違うなと」

 一方で、震災の教訓は伝えていきたい思いも頭から離れなかった。

 だから、大学では教職課程とは別に防災教育も専攻、小学生に防災を教えるボランティア活動にも従事した。防災士の資格も取得した。そしてそんな勉強と活動の先に小学校教員になるという夢を実現した。

 配属が決まるのは、ちょうど震災から10年のこの3月だという。

「配属先は可能なら(生まれ故郷の)閖上がいいなと思うんですが、ほかの地域であってもしっかりやっていきたいと思います」

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橋浦さん

防災士と心理士の資格を手に

 橋浦さんと同じ時期、偶然にも同じように仙台で大学生活を送り、同じように防災などの勉強や活動をしていた子がいる。南三陸町志津川出身の小山嘉宣君だ。

 震災時、小6だった小山君は立っていられない揺れに「学校はくずれるんではないか」と思いながら校舎に避難していた。だが、揺れから30分後、雷のような音を聞くと、目を疑うような光景を目にした。

〈津波で家や車などが流されていき、人が流されていき本当にこんなことがあるのかと思いました〉

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source : 文藝春秋 2021年4月号

genre : ニュース 社会