新型コロナウイルス禍は、消費者の生活スタイルや従来のビジネスモデルを一変させた。コミュニケーションや買い物はオンラインへと急速にシフト。企業は、マーケティング戦略やブランディング戦略をIT/デジタルの活用や組織の再構築により見直すことが不可欠だ。
デジタル化で得たデータを活用すれば、顧客一人ひとりに合わせたOne to Oneマーケティングの実践が可能となり、多様化するチャネルに合わせて顧客と密接な関係を構築できる。しかし、十分な人的リソースが確保できず、DX(デジタル・トランスフォーメーション=デジタル化による改革)に遅れをとったり、各部門が保有するデータとマーケティング部門の連携が上手くいかずにシェアを失ってしまうケースも少なくない。
2021年7月8日(木)に第5回目を迎えたCMO Loungeでは「マーケティング×組織戦略」をテーマに選定。データドリブンなマーケティングを行うにあたっての人材や組織の在り方について、実践者、有識者の講演やディスカッションを通じて検証した。
◆キーノートセッション
「マーケティングを実行するための組織の作り方」
~ デジタル技術と組織を連動させて顧客経験を作り出すには ~
一橋大学 商学部 准教授
福地 宏之 氏
福地教授は、2009年に一橋大学大学院博士課程を修了し、2017より現職。現在の研究テーマは、1.組織構造とマーケティング戦略の関係 2.新興国市場への参入戦略とマネジメント 3.経営指標の組織的利用と戦略的意思決定の関係、などである。
冒頭、福地教授より、“マーケティングを実行する組織”を作る際の3つの要諦が示された。
1. 良い顧客体験のためには良い組織マネジメント
2. 強い戦略的リーダーシップとメンバーの参画の両立
3. テクノロジーとデータに向き合うことを厭わない
1.の主旨は以下。マーケティングに関わる活動は組織内に散在している。しかし、すべてのマーケティング活動が組み合わさってひとつの顧客体験を生み出している。よって、良い顧客体験を生み出すためには組織内のマーケティング活動の適切なマネジメントが必要不可欠、というもの。
例えば、代表的なマーケティング・ミックスの要素である商品(Product)、価格(Place)、プロモーション(Promotion)、販売場所(Place)=いわゆる4Pの意思決定には、開発部門や生産部門、マーケティング部門、営業部門といった様々な部門が関わっている。その結果、意思決定がばらばらに行われ、一貫性がなく、ターゲット顧客への訴求力がないマーケティング・ミックスが出来上がってしまう、ということが多くの組織で起こっている。
それを避けるため、マーケティング戦略を策定して組織に共有する必要があると改めて提言した。一橋大の食品産業を中心とした248事業のマーケティング担当者への調査では、マーケティング戦略の策定は事業成果と密接に関係していることが分かった。リサーチから始まり、顧客をセグメンテーションし、ターゲット顧客を選び、商品・サービスのポジショニングを決定し、それに基づきマーケティング・ミックスを決定する、いわゆるSTPマーケティングを行っている企業は、収益性や製品・サービスの質、新技術・新市場を生み出す成功率、リピート購買率などにおいて高い成果を出している。
また、消費者や市場の情報を組織内で共有し、市場対応していく=市場志向の組織プロセスの有無は、企業成果をほぼ確実に左右する。よって部門間の壁を取り払う組織マネジメントが求められる。そのためのポイントが冒頭の2. 強い戦略的リーダーシップとメンバーの参画の両立。
一貫した顧客体験を生み出すためには、組織内のマーケティング活動に一貫性をもたらすための強いリーダーシップが必要。ただし、組織内でのパワーの過度の集中は協力や情報共有を阻害するので、マーケティング担当者(責任者)による戦略発信で強いリーダーシップを発揮しつつ、組織内のメンバーも関与できるようにすることが重要だ。リーダーシップが発揮されていながらも、皆が意思決定に参画している組織がベストだという。
そして、3.テクノロジーとデータに向き合うことを厭わない。SNS、比較サイト、自社サイト、ECモールなどオンライン上での顧客接点が増えることによって、それらが大量のデータを生み出すとともに、マーケティング活動の一部が自動化できるようになってきている。
しかし、マーケティング活動のすべてが自動化できるわけではない。企業内での人とシステム(および生み出されるデータ)の接点を上手くコーディネートしないと、顧客体験は良いものにはならない。マーケティングの自動化で得た顧客接点の情報に連動して=データドリブンで企業は動く必要がある。
データを利用することを推奨する組織風土があるかどうかが非常に重要。データを共通言語化し、信頼し、迅速に使えない組織は良い顧客体験を生み出せず成長しない、と福地教授は締めくくった。
ゲストセッション①
「電動化で変革する自動車業界と最新の自動車マーケティング」
~ブランドパーパスとエクスペリエンス、リテールマーケティングの連動~
ポルシェ・ジャパン株式会社
執行役員 マーケティング&CRM部
前田 謙一郎 氏
前田氏は大学卒業後、ベルギーで富士通テン(現・デンソーテン)に勤務。2008年に日本に帰国後、アウディ・ジャパン、ジャガーランドローバー・ジャパン、テスラ・ジャパンを経て20年より現職。
今、自動車業界は世界中で電動化への流れが加速し大きな変革期を迎えている。自動車が馬車にとって代わったような、iPhoneが登場しガラケーからスマートフォンに変わったような、大きなパラダイムシフトが世界中で起こっている。
大変革する時代にあって世界随一のスポーツカー・メーカーであるドイツのポルシェも2030年にはバリューチェーン全体を通じてカーボンニュートラルを実現し、世界で新車販売の80%を電動化する目標を掲げた。
このような状況・環境にあってどのようなマーケティングを行い、組織を作るべきか? 矢印の右側が従来重視していたこと、左側が今後より重視すべきことだと考える。
1. ブランドの存在や世界観 / Brand Purpose←→プロダクト / Product
2.エクスペリエンス / Experience←→オーナーシップ / Ownership
3.コミュニティ / Porsche Family←→ お客様 / Customer
まず、1. ブランドの存在や世界観。ブランドがどのような影響を世界に与えるか、ブランドはどのように社会を変えていくか、そしてブランドの存在意義を消費者に伝えていくことが大切。ポルシェのブランドミッションは「スポーツカーの情熱と興奮を、持続可能なスポーツカーを提供し続けること」。米国のテスラは「持続可能なエネルギーへ、世界の移行を加速する」。こうした理念は全ての従業員が理解・共有して顧客やビジネスパートナーに伝えなければならない。
2. エクスペリエンスについて。良い製品とともに、コト=経験をどのように届けるか。ポルシェ・ジャパンは千葉の木更津に世界で9カ所目の「エクスペリエンス・センター東京」を2021年秋にオープンする。多種多様なポルシェを走らせ、体験できる広大な施設で、まだオーナーではない人もポルシェならではの独特の世界観を体感できる。
人が集まるところにカジュアルな「ポップアップストア」を作る施策も引き続き続ける。デジタルやCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)システムを活用した組織的なリテールマーケティング活動も継続する。
3.コミュニティについて。お客さま重視は変わらないが、例えば富士スピードウェイで行うフェスティバルやレース活動、Eスポーツ(オンラインでの疑似レース)、サーキット走行体験などでコミュニティを創出し顧客満足度やエンゲージメントを高めていく。
現代的なマーケティング組織とは、どのようなものか。
・マーケティングや全社組織でブランドのミッションに賛同し、社員全員がエバンジェリストとなる。
・社会へどのような貢献ができるか、お客さま・パートナーを含めたコミュニティ意識を持つ
・組織的なリテールマーケティング活動とCRM活動により高い顧客ライフタイム・バリュー(顧客生涯価値)を創出する
・部門を跨いだポジションの設置やプロジェクトベースの活動を行う
これらを実現する組織である、と前田氏は提唱しセッションを終えた。
ゲストセッション②
「大きな戦略と小さなこだわり。レッドブルのマーケティング戦略を支えるチームの作り方」~リアルでの場づくり、デジタルでの場づくり、体験価値で高めるブランディング&マーケティング~
一般社団法人渋谷未来デザイン 理事・事務局次長
(元レッドブル・ジャパン CMO)
長田 新子 氏
レッドブルの場合、商品はバリエーションはあるもののほぼ一つしかない。そこで、商品を売ること以上に“ブランドをきちんと伝え体感・体験してもらう”ことを強く意識しマーケティングを行った。
ブランドのミッションは「Red Bull Gives You Wings=レッドブル 翼をさずける」。何のために自分たちはいるのか? を常に問いかけ、1.(エナジードリンクという日本に今までになかった)カテゴリーを作る 2.(人とアイデアに翼をさずけ、コミュニケーションを最大化して)ブランドを作る、ことを目指した。
今までなかった、独自のコンテンツを提供・発信することを心がけた。イベントはブランドの認知向上×体験の場。体験を共有することでブランドに愛着を持ってもらうために、エナジードリンクの消費体験(サンプリング)、キャンペーン体験、そして事後のコンテンツ視聴も伴う「レッドブル・エアレース」などのイベントを多数開催した。2007年当時主催したブレイクダンス(BD)のイベントは、まだ小さなコミュニティだったが共に成長し、いまやBDは2024年パリ・オリンピックの種目となった。
現在は、多様性あふれる未来に向けた世界最前線の実験都市「渋谷区」をつくるイノベーションプラットフォーム、一般社団法人 渋谷未来デザインに所属。企業・団体・市民と共に、5G、VR(仮想現実)などのデジタルテクノロジーを活用した多様なアプローチで可能性開拓型プロジェクトを推進している。アイデアとストーリー性で価値を作り出すことが大切。社外・他の企業や行政機関などとのパートナーシップ(共創モデル)でビジネス貢献につながる形=事業をつくるのがマーケティングととらえている。
自分ごととしてどれだけできるか、巻き込み力を持ってリードできるか、ステークホルダーと連携・共創できるか、社会的な意義を持っているか――を意識してほしい、と結んだ。
◆ディスカッション
最後に、ここまでの3セッションを踏まえ、登壇者全員によるディスカッションが行われた。
ポルシェ・ジャパンの前田氏はデータ活用の重要性を改めて述べた。「CRMシステムをしっかり使い、顧客や見込み客がどういった行動をしているのか、点検やサービス入庫がいつあったかを把握し、適宜ブランドのメッセージや新商品、エクスペリエンス、イベントなどの案内をする。双方向コミュニケーションをしながら関係性を深めライフタイム・バリューを創出することを意識している」
渋谷未来デザインの長田氏はコロナ禍においての意識の持ち方を語った。「マーケティング、ビジネスにおいては、いままでのように“物を売る”ことだけでなく、社会との接点の持ち方や何のためにやっているか、地域・社会貢献を深く考えてほしい。コロナ禍にあって環境は激変しているが“今だからできること”を考え、ビジョンを持って臆せずどんどん挑戦してほしい」
一橋大学の福地教授は、まとめとして“ブランド”の強みを語った。「ブランドコンセプト、ブランドパーパスがあることで組織内の人がみな同じ方向を向けるし、組織内の問題のかなりの部分はブランドの理念を共有すれば解決できる。自分の会社は何をやる組織なのか、提供しているサービスはなんのためにあるのか、を常に意識してほしい。ブランドは妥協の産物ではないから、リーダーは適切な人事と組織作りを行い、進むべき方向性をしっかり発信してほしい」
データ、ブランド、顧客、組織についてさまざまな知見が得られたのではないだろうか。
2021年7月8日 文藝春秋にて開催 撮影/今井 知佑
注:登壇者の所属はイベント開催日当日のものとなります。
source : 文藝春秋 メディア事業局