沢木耕太郎(1947〜)は『深夜特急』など、自らの体験を独自の視点で克明に描き、ノンフィクションに新たな地平を開いた。プロボクサー・カシアス内藤の再起を描いた『一瞬の夏』(昭和56年)では、新田次郎文学賞を受賞。内藤氏が、沢木と過ごした時間を回想する。
昭和48(1973)年、横浜のホテルのロビーで話を聞かれたのが、沢木さんとの初対面だった。2時間ほど話したのかな。
俺は昭和43年にデビューしてから、24戦22勝2引分け。昭和46年には東洋ミドル級チャンピオンになった。でも、初防衛戦で初黒星がついて以降、成績は下降線を辿った。沢木さんと出会ったのは、俺からタイトルを奪った柳済斗(ユジェドゥ)への挑戦を控えていた頃だった。試合は12R判定負け。沢木さんはこの韓国遠征にもついてきていた。
沢木さんは、いい話も悪い話もズバッと質問してくる。普通の取材であればボクシングの話に終始するけど、日米ハーフである俺のルーツやプライベートな部分まで踏み込んで聞いてきた。しかも、オブラートに包むのではなく、いつだってストレートで、心に刺さるような聞き方をするよね。そんな心地良さが、沢木さんにはあった。
のちにこのときの話が「クレイになれなかった男」(『敗れざる者たち』〔昭和51年〕所収)として発表されたときは驚いた。沢木さんは俺の精神的な弱さを見抜いて、こう締めくくっていた。
〈人間には、燃えつきる人間と、そうでない人間と、いつか燃えつきたいと望みつづける人間の、三つのタイプがあるのだ、と。(中略)しかし「いつか」はやってこない。内藤にも、あいつにも、あいつにも、そしてこの俺にも……〉
この本を読むまで、俺は俺自身のことを何も分かっていなかった。ハンマーで頭を殴られたような衝撃とは、こういうことを言うんだな。それから俺の本棚には、この本を聖書の隣に置くことにした。クリスチャンの自分にとって、それほどまでに大きな出来事だったんだ。
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