文藝春秋は、6月17日(金)に、「グローバルリスク総点検」をテーマにカンファレンスを開催した。本カンファレンスでは、地政学リスクや気候変動リスク、サイバーリスク、ファイナンスリスク、デジタルリスク、法務・労務リスク、サプライチェーンリスクなど、さまざまな経営課題に対応するためのリスクマネジメントの現在地を考察し、プロフェッショナルの講演を通じ、未来を見据えた事業運営の在り方について検証した。
■基調講演
ウクライナと地経学の時代
ー経済安全保障リテラシーとは何かー
船橋 洋一氏
(一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ 理事長)
今、日本そして世界は経済安全保障の根底・根本からの課題をつきつけられている。コロナ禍やウクライナ戦争、東日本大震災関連の安全保障を考察し最近上梓した書籍『国民安全保障国家論』(文藝春秋刊)の内容も踏まえつつ話をする──と船橋氏は前置きして講演を開始。以下は要旨。
・「プーチンを勝たせてはいけない」は世界のコンセンサスにほぼなっているが「ウクライナを勝たせなければいけない」は共通認識ではない。“JUSTICEパーティとPEACEパーティ”でのせめぎ合い、意見のバラツキや温度差がある。戦争も和平交渉も長期化は必至。停戦協定=和平協定でもなく、サイバー空間は今後永遠に半戦争状態が継続するだろう。
・ロシアに対しての抑止力の破綻が今回の戦争に繋がった。「今度こそ本物の抑止力を作る」ことが今後の大切なポイントになるが、その際にロシアはもちろん中国に対してどのようなメッセージを出すかが鍵。今回のような戦禍を起こすことをためらわせるような契機にすることができるか。日本も真剣勝負の時だ。
・ロシアへの経済制裁は長く続く。経済戦争でもあるわけだが、現実としてエネルギーの輸出代金として、毎日ロシアに10億ドルの外貨が入っている。実は国庫は豊かな状態だ。そんな中、半導体や部品など「モノが行かない、輸入できない」締め付けが一番効くと考える。現代の国家は輸入する力、輸入力の確保が大切。現状まだロシアは外貨=買う力はあるわけだが、今後もモノを買えるかどうか。貿易を制限(制裁)する国としない(抜け駆けする)国があり、これは地経学的な“DUEL(決闘)”となる。
・今後、ロシアに民主主義政党が出てくるとは考えにくいし、中国とロシアは経済ブロックを形成するだろう。中国は約2600kmのロシア~モンゴル経由のパイプラインを作り、30年の長期にわたりロシアの天然ガスを手に入れる契約を結んだ。ガス、エネルギーは“中ロ協商”のハブになっていくだろう。
・「サイバー戦、情報戦、認知戦」が世界を舞台に起こっている。ウクライナは援助により電力、ネットワーク、衛星も8割以上を維持し健闘している。サイバー空間ではすでに世界中が戦場となり、第三次世界大戦状態だ。大義はどちらにあるか、ナラティブ構築の戦いでもある。インテリジェンスあってこそ、認知戦を存分に戦える。
・今回の戦争を「民主主義対専制主義」と捉えるのは間違いだ。国連総会の3月2日のロシアに対する非難決議で、35ヵ国は棄権。4月7日の国連の人権委員会ではロシアの資格停止案に58ヵ国が棄権した。日米欧としては一緒になってロシア制裁に加わって欲しいがそうなっていない。民主主義対専制主義には決してなっていない。中国と一帯一路の沿線国と中国の関係性は深まり、中国の影響力は高まってきている。“グローバルサウス”に置ける中国の存在感は大きい。それらの国々に対し米欧日はどう今後対話、共通の目標を作っていくかが問われる。
・ウクライナ戦争が日本につきつけた課題は「日本にとって何が一番重要な経済安全保障政策なのか?」だ。「安全保障の赤字、黒字」という観点からこれを考えないといけない。米国はこの点では大黒字。ドイツは8ヵ国、ポーランドも8ヵ国に囲まれ、過去~現在まで厳しい対応を迫られてきた。カナダとメキシコの2つと広い海に国境を接する米国は、国力もあり大黒字。4ヵ国に接する中国はなかなか厳しい環境にある。
・経済安全保障において、日本は赤字国であるという認識をしっかり持つべき。特にエネルギーの安全保障は資源がないため大変厳しい。明治時代は石炭があったが、第一次世界大戦以降の石油の時代から苦闘が始まった。日本は11%しかエネルギー自給率がない。米国は100%、英国は75%、フランスは原子力があるので55%で、日本は先進国の中で突出して自給率が低い。しかも、中東~日本の交通の要衝ホルムズ海峡は、封鎖など何があってもおかしくない。サハリン1/2による石油・天然ガス調達は苦労して20年来やってきたが、石油・ガスとも今は極めて危うい状況。日本は、エネルギー安全保障が一番の赤字構造要因であることを忘れてはいけない。
・中国への依存度、とくに輸出の依存度が高いことも忘れてはいけない。対中輸出のGDP比(依存度)が34%と非常に高い。台湾でさえ対中依存度は32%。輸出のGDP比率に、一国の最も経済的に脆弱な面が現れる。中国は、日本に対してこの点(数字)を武器化しやすい。
・リテラシーということでいうと、攻める・育てるところにも目配りを。プレトンウッズ体制など安定した国際秩序のもとで経済成長「東アジアの奇跡」が実現した。これが崩れ、経済安全保障の黒字が赤字に反転。国際秩序を守り維持発展させるために、日本ができることはCPTPP(アジア太平洋地域における経済連携協定)構築など沢山ある。自らが当事者として参画し「積極的安定力」を発揮していくことが大切。しっかりリスク評価とリスク管理を行うガバナンス、リーダーシップも必要だ。
・自律の思想が大切であり、依存心は敵だ。ウクライナでは18歳以上60歳までの男子は出国禁止で、自分にできる一番のやり方での貢献を求められる。サミュエル・スマイルズの『自助論』の一節を福沢諭吉は「天は自ら助くる者を助く」と名訳した。安全保障もすべてアメリカ依存では立ちゆかない。どれだけ自分で自分を守るか、決意を見せないと同盟国も見捨てる。認知戦、情報戦、サイバー戦などすべてへの対応が求められる。アメリカも世界のさまざまな事象に選択的関与をする時代になった。日米も、相互依存しないと日米同盟すら維持できない。統合的抑止力を一緒に作る時代。日本も得意な分野での自律・自立が必要だ。
いま最も必要なリテラシーは「自分で自分を守ること」。個人、家計、家族、企業そして国家の守り方はいろいろある。グローバルな総力戦が始まっている。サイバー戦、情報戦、認知戦を戦うリテラシーを身につける必要がある。だから冒頭に紹介した自著の副題は「世界は自ら助くるものを助く」とした。
■テーマ講演1
コンプライアンス・プログラムの実効性確保
-グローバルトレンドと日本企業の課題-
深水 大輔氏(長島・大野・常松法律事務所 パートナー弁護士)
深水氏は、危機管理・コンプライアンス・国内外の当局調査対応に携わってきた経験を踏まえ、以下の6項目について順を追って解説した。
① 伝統的なガバナンスモデルの限界
近年、企業活動や社会活動のデジタル化・複雑化・グローバル化等を背景として、変化が速く複雑で将来の見通しが立てづらい環境(VUCA:Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguityの頭文字を取ってこのように呼ばれている。)が生じており、政府を中心とする伝統的な“垂直型”のガバナンス手法は、機能不全に陥りつつある。
このようなことから、伝統的国家観から、Society 5.0時代の社会システムへの在り方を検討する必要がある。
② イノベーションとリスク管理の両立
・「信頼」をつくり、イノベーションとリスク管理を両立する。
単に危険が生じないという意味でのリスク管理だけではなく、対象となるものの信頼を形成・確保することが重要である。事故等のネガティブな結果を完全に回避することを求めたり(ゼロリスク)、生じたネガティブな結果について、従来の過失の概念を用いて法的責任を課す形で問題の解決を図ったりすることは、イノベーションとリスクとを最適にバランスさせる観点から課題がある。
・新しいリスク管理のあり方として①ゴールの共有、②リスクベースのシステム設計、③アカウンダビリティが重要。
AIを典型とする新たな技術やシステムの社会実装のためには、その信頼を確保することが不可欠である。ガバナンスが機能してはじめて先進技術は社会に実装可能となるのであって、イノベーションとそのガバナンスは二人三脚で進める必要がある。
③ 新たなガバナンスモデルと企業の役割
・新たなガバナンスモデル(共同規制モデル)の必要性があり、そのために「国家・企業・個人の役割・関わり方」の変化が求められる
・垂直型から水平型へ、参加するガバナンスへ、変化に対応する柔軟なガバナンスへ=「アジャイルガバナンス」
④ 米国のアプローチ:企業を動かすインセンティブ・ストラクチャー
・次に、どのようにして企業にガバナンスへの参加を促すか、という点が問題となるが、これについては、企業犯罪に関する米国のアプローチが参考になる。米国においては、企業自身に不正の予防活動(Corporate Prevention)および摘発活動(Corporate Policing)を行わせるためのIncentive Structureの設計=「Stick & Carrot Approach」がなされている。
・行為から姿勢へ:日頃からリスクを適切に管理する企業は評価する一方で、バレたら対処するという日和見的な企業には厳罰で臨む制度設計
⑤ 企業を動かすインセンティブ・ストラクチャー
・企業自身に予防活動や摘発活動を促すIncentive Structureを有効に機能させる上で必要となる公正な交渉を行うストラクチャーとして、米国においては企業訴追の諸原則に基づく交渉プロセスが存在する。
⑥ コンプライアンス・プログラムの実効性確保
・リスクベースの制度設計、企業風土/組織風土への注目の高まり
これまで、「ものが言えない企業風土」といった形で、企業不祥事の文脈で企業風土が論じられることが多かったが、企業風土自体の理解があいまいなままであったため、実効的・実践的な対策に結びつけられていなかった。
企業風土(組織風土):企業というシステムを構成する各種の制度や組織としての経験、コミュニケーション等がシグナルとなる形で形成され、それが繰り返されることによって定着する行動様式
このような理解に基づき、まずは実態を把握した上で、目指すべき方向に向けて各種の制度等をどのように改善していくかを検討する必要がある。
・ミドル・アップ&ダウンモデル:「いま、ここ」でのベストバランスを考え、中間管理層を活かした自立分散型の経営管理とリスク管理が求められる。これには対外的/対内的な対話が重要である。
こうして総合的にコンプライアンス・プログラムの実効性評価をしていくことが重要である。
実際にコンプライアンス・プログラムをデザインし、実施・実践していくのは容易なことではないこと、今回の講演を背景やコンプライアンス・プログラムの重要性の理解の一助にしてほしい旨を付言して講演を終えた。
■特別講演1
経済人から見たグローバルリスク
~軽減の方策と対処の指針~
松本 正義氏(住友電気工業株式会社 代表取締役会長 公益社団法人 関西経済連合会 会長)
松本氏は、企業経営者、経済団体の長としてグローバルリスクを低減・回避するにはどのようにしたらいいかを語る、と前置きして講演を開始。以下の項目に丁寧に言及した。
◎グローバルリスク顕在化のトリガーとなりうるのは「格差」。
◎行き過ぎた(旧い)株主資本主義から、マルチステークホルダー(公益)資本主義への移行による格差是正。 株主、従業員、取引先、顧客、地域社会の利益と長期的成長を目指すもの。関西の「三方よし」の考え方にも通じる。アメリカでも関心が高まっている。
◎地方分権・広域行政による東京と地域の格差是正。 東京一極集中はリスクに対して脆弱。地域の多様性を保つこと、地方分権が国家のレジリエンス(復元力、回復力、弾力)に繋がる。
◎中間層の充実、中間層の活力維持向上による格差是正。
◎SDGs。 地球環境、社会、経済活動は本来、三位一体。SDGsに取り組まないことは企業にとってリスクになる。企業経営は長期的視点で見てもらわなければならない。
◎大阪・関西万博。 2030年が達成目標のSDGsへの貢献を掲げているのが、2025年の関西万博。SDGsの進捗を見極め、30年の達成へ繋げるためにも成功させなければならない。
◎企業経営者としてのグローバルリスクへの対応。
短期悲観・長期楽観、最悪の事態を想定する。 選択と集中はせずに企業内ポートフォリオを組み、シーズ(種)を企業内に持つ。人財教育は常に継続。
平時からリスクに備える。 リスクマネジメント態勢の構築。
長期と短期の目線を両立。 変えてはならないもの=住友グループで言えば「不趨浮利」「自利利他公私一如」といった事業の根底にある変えるべきではない考え方と、変えて良いこと変えるべきことを経営者は見極める。現在の住友電工は、北極星=目標として“Glorious Excellent Company”というコンセプトを掲げている。
多様なステークホルダーを巻き込む。 関西財界では浸透しつつある、マルチステークホルダー資本主義にも通じる行動。
リスクをチャンスに変える経営者の心構え。 経営者はリスクに臆することなく広く知られる「やってみなはれ」の言葉のように、前向きに、ポジティブに、“ファーストペンギン”の心意気で。
◎リスク対応の鍵としての「多様性」。
リスクを完全に予想することはできない。過度の選択と集中は企業の脆弱性につながる。ダイバーシティ&インクルージョン(多様性確保と包摂)を大切に。人財も、画一的な人を揃えるより多様な人財がいたほうが企業は強くなる。“気骨ある異端児”を企業内に育むことは大切だ。
■テーマ講演2
グローバル戦略の見直しと企業のリスク・レジリエンス
神林 比洋雄氏(プロティビティLLC シニアマネージングディレクタ)
神林氏は掲題の件について、以下の3つの主題に沿って論を進めた。
ウクライナ侵攻~グローバルビジネスへの新たな打撃
ここ数年、グローバル化の進化を支えてきた前提を根底から覆す出来事がいくつか勃発し、ビジネスに変調が起こっている。ESGの台頭(環境・社会)/他国への異存の懸念/レジリエンスへの注目など、グローバル化の進化を支えてきた前提を覆す流れがある。
そんな中のウクライナ侵攻のインパクトは大きく、企業が世界をどのように見るか・捉えるかという基本的な前提に大きな影響を与えた。これまでの前提や認識は、地政学的な現実を踏まえて改めて見直す必要がある。
※レジリエンス=さまざまな環境・状況の変化に対しても適応し、生き延びる力
地政学リスクがもたらす事業戦略・ESG対応への影響
グローバル戦略の見直しへ向けた考慮点として、
・戦略設定における重要なインプット:地政学および規制環境に関する前提事項の再確認
・前提事項が無効となった場合、戦略とビジネスモデルを調整
・企業投資のROI(投資収益率)を維持するためのソブリンリスク(国に対する信用リスク)の管理
上記が重要であり、ある国において不利な事象が発生した際に事後検証=ポストモーデムを行うこと、他国での事業におけるカントリーリスクを見直す機会とすることが大切だ。
ウクライナ侵攻への制裁がもたらすESG上の主な課題は、広く「環境」「社会」「ガバナンス」にわたる。そして、
・制裁がもたらす直接的な課題だけでなく、ESG事項への幅広い影響にも対応が必要
・長期的な組織・ESG目標を達成するためには、それらの間に生じるトレードオフがより複雑になる
・ESGの基準、フレームワーク、データプロバイダー、ベンチマーク、格付け、ランキングは、ロシア制裁によって生じた課題にまだ適応できていない
上記を意識して、企業や組織は内側外側から投げかけられる質問に回答し、課題を解決していかなければならない。
企業のリスク・レジリエンス強化
個人としても組織としても、ダウンサイドだけでなくアップサイドも含む“リスク感性”を高め、リスク感性の高い学習型組織を作ることが必要。多くの企業はERM(全社的リスクマネジメント)のプロセスを有しているが、その成熟度は、企業カルチャーに基づく高いリスク感性保持とリスク対応ができる水準にまで高めるべきだ。
まとめとして、不確実性がますます高まる未来に自信を持って立ち向かえる企業の特徴を7ポイントを挙げ、講演を終えた。
・経営理念とビジョンへのコミットメントの共有
・事業環境の変化に対する高い意識
・求められる組織的な対応能力の確保
・リスクに対する感性の高さ、判断力
・積極的に学ぶ姿勢
・創造性の重視
・ゆるぎない組織的なレジリエンス
■テーマ講演3
いざという時に、つながる通信手段をお持ちでしょうか?
~政府発表の想定される大型地震に対して用意すべきモノと訓練~
青山 利之氏(テレネット株式会社 専務取締役 防災士 緊急地震速報利用者協議会 理事)
青山氏は冒頭、世界大都市の自然災害リスク指数が日本は断然トップであることと、それゆえに環境リスク中の異常気象や大規模地震など地球物理学リスクに対しての対応は日本の重要課題であることを述べた。
大規模災害時は、固定電話、携帯電話、災害時優先電話は制限や規制がかかる。非常時の通信手段として巷間でよく知られる、各種衛星電話(通信含む)もじつは遮蔽物や電波特性、輻輳の問題があり、万全ではない。
災害時の通信手段として紹介したいのがテレネットの「ハザードトーク」だ。全国どこにいても、明瞭な音声で通話が可能な無線機能を始め、防災減災に必要な機能がワンパッケージとなっている無線機システムである。
災害に強い理由と特徴(例=一般携帯が発信規制で使えない時でもハザードトークなら携帯キャリアの電波かWi-Fiがつながる所であればどこでも通話が可能/無線を使うことにより一度に多人数と情報のやりとりができる、など)を列挙し、衛星電話に比してのハザードトークの優位性を紹介した。
また、明瞭な音声で通話が可能/写真や動画の共有が可能/災害情報をアナウンス可能といった強みと、ニーズや用途に応じてさまざまなオプション機能の選択が可能なことも説明した。
MCA無線に対してのアドバンテージや停電時の強みも同様に解説。ハザードトークが衛星電話、MCA無線よりも災害対策により適していることをアピールした。
早く正確に災害情報を伝えるシステム「緊急速報配信システムDEWS(デュース)」や、写真や動画を共有する「ハザードVIEW(ビュー)」の詳しい紹介などと、ハザードトーク現行2機種の機能・特徴説明、複数の導入企業事例紹介を行い、講演を終えた。
■特別講演2
長期的な視点から日本の地政学的リスクを考察する」
~ウクライナ危機の先にあるもの~
萱野 稔人氏(津田塾大学教授)
萱野氏は、まず結論「衰退する大国のリスクをもっと認識しなければならない」を述べ、以下の3つの各論に進んだ。
・日本の地政学的リスクをウクライナ危機から考察する
・ウクライナ危機は、衰退する大国の危険性を示しているのではないか
・アフガニスタン侵攻から照らし出されるウクライナ危機の本質
歴史は繰り返す。ロシアのウクライナ侵攻は、1979年~89年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻に非常に似ている。戦費の増大や西側諸国の経済制裁などにより疲弊した旧ソ連は、アフガン撤退からわずか2年後の1991年に崩壊した。長期的にはロシア・プーチン政権のウクライナ侵攻は、ソ連のアフガン侵攻と同様大きな代償を払うことになる可能性がある。
フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドは、アフガン侵攻の3年前の1976年に『最後の転落:ソ連崩壊のシナリオ』で、乳幼児死亡率の上昇など内部の脆弱化がソ連の軍拡をもたらしていると主張し、ソ連崩壊を予想していた。
実際、ロシアは衰退している。人口は、1950年は世界第4位(1億人)であったが、現在は世界第9位(1億4000万人)。出生率低下と死亡率の上昇そして移民の大幅な減少により、2021年にはロシアの総人口は100万人以上減少した。
一人当たりの名目GDPは、クリミア半島併合による経済制裁もあり、2013年から20年にかけて3割以上低下している。こうした衰退の状況の中で、アフガン侵攻とクリミア半島併合、そしてウクライナ侵攻は起きた。人口減少と国力衰退を補うための侵攻と思われ、大国の行動論理が伺える。
続いて以下2つの各論へ。話題はソ連、ロシアから中国に。
・米中の覇権争いは、衰退する大国の危険性から理解されるべき
・「衰退する中国」の安全保障上のリスクを重視すべき
アメリカの政治学者ハル・ブランズ、マイケル・ベックリーの論文『衰退する中国、それが問題だ』を引用。台頭する時期の中国よりも、ピークアウトして衰退期を迎える時期の現在の中国の方が、国際社会で大きな対立を生み出す可能性が高い。大国は衰退に向かうときこそ攻撃性を強める=“衰退する大国のわな”、と論文は分析している。萱野氏は論旨は的中するのでは、と読んでいる。
ブランズ氏は日本経済新聞の2022年の6月のインタビューでも、中国経済のピークアウト/米国のGDPを追い越すという経済成長への懸念/中国の急激な人口減少/その一方での軍事拡張について言及している。かつてのソ連、現在のロシアのように、中国が従来のように成長できなくなり国力の限界に直面したときに地政学的リスクが高まると考える。
世界には、二つの国際秩序思想がある。ひとつは「主権国家の平等と併存」。もうひとつは「勢力圏思想」。後者は、かつての大国との連続性や、アメリカに代表される覇権国に挑戦する国家との親和性を重視する。
勢力圏思想に近年とみに傾斜し、かつ“衰退する大国のわな”というリスクもある大国=ロシアと中国、そして核兵器を持つ北朝鮮と日本は国境を接している。全く異なる国際秩序原理・思想を持つ国と日本は向き合わなければならない。国力のレベルの差異や軍事的な対立ではなく、根本的な世界観を巡る争いである。そういう前提で日本は安全保障・防衛政策を取る必要がある。
これまでと全く違う現実が始まろうとしている。安全保障政策を大きく転換する必要がある、と強調して締めくくった。
■特別対談
“At your side.”経営 ‐ 変革に挑戦し続ける100年企業
~ 判断ミスを最小限に抑える、リスクマネジメントと成長の実現 ~
小池 利和氏(ブラザー工業株式会社 代表取締役会長)
新谷 学(文藝春秋 編集長)
祖業のミシンや編み機で知られたブラザー。昨今は「プリンティング・アンド・ソリューション事業」が売り上げの約6割を占め、2021年度には855億円という過去最高の営業利益を達成したグローバル企業へと成長した。プリンターなどの情報機器ビジネスへの転換と、欧米市場での新しいチャネル開拓により2021年は売上げの約85%が海外。事業やビジネスモデルを変えながら、常に新しいことに挑戦し続けた114年の歴史を持つ。
リスクマネジメントと成長の実現のための要諦を、小池氏と新谷が対談形式で語った。以下は小池氏の発言要旨。
「26歳で赴いた米国駐在中にマーケティングからインフラまで、権限と責任ある立場でさまざまな業務を実際に体験し“知らないことはほぼない”と言える幅広い知見を得た。 『新しいことへの挑戦を恐れないこと』『俺がやらねば誰がやる、自分が会社を背負って立つという気概』を23年半の駐在で学んだ」
「2007年6月の社長就任後に発生したリーマンショックには、①手元流動性を高め、キャッシュフロー経営を強化 ②データの把握と活用 ③為替予約 ④長期的視点で成長事業を守る の4点で対処し、影響を最小限に抑えた。
特に実売データを把握することで、お客様の実需要が落ちていないことを確認し、競合他社が減産をする中で、ブラザーは減産せずに対応できたことは、リーマンショックによる影響を大きく受けなかった要因といえる」
「2000年代半ばからはグローバルな調達・生産ネットワークの強化を行い、リスクヘッジも目的として中国にベトナム、フィリピンを加えた“China+2”戦略を実行。人件費高騰や地政学的リスクに対して大きな効果があった」
「ガバナンスについては、早期から独立社外取締役を選任してきている。取締役の約半数を社外から招聘し、2014年から社内6人・社外5人の態勢を継続している。人材の多様性にも留意し、複数の女性・外国人マネジメントを登用し、海外大生や留学生の採用も行っている」
「社長就任後、会長となる2018年まで、会社の状況や、リーダーとして思いを語る『テリーからのメッセージ』に加え、プライベートブログ『テリーの徒然日記』を発信し続けた。徒然日記は、社長退任後に配信をやめたが、社員からのリクエストを受けて再開し、2022年6月8日までに1143回発信している。この中では、①明るく・楽しく・元気に ②人とのつながりを大切に ③常に何事にも好奇心を持つ の3つを伝達・推奨している。
また、社長時代から現在まで、社長・会長直轄の若手人材育成プログラム『テリーのチャレンジ塾』も実施している。キーワードは“圧倒的な当事者意識/おせっかい”で、部門や業務の壁を越えて挑戦してもらうための後押しをしている。自分の経験を伝えるとともに、塾生との1対1の面談を複数回行い、メンバー個人がこの先挑戦するチャンレジストーリーの作成に関してアドバイスさせてもらっている」
※“テリー”は駐在時代からの小池氏の社内通称で99%の社員がそう呼ぶとのこと
「リーダーとして心がけていることは①“At your side”。あらゆる場面でお客様を第一に考え、優れた価値を創造し迅速に提供する ②あらゆることに逃げることなく真正面から向き合う。情熱と責任感で全力投球 ③コミュニケーション。“ビジネスは人と人とのつながり” ④チャレンジする風土づくり。“失敗はトップの責任、成功は本人の手柄”」
「経営者に求められるのは、①会社全体を俯瞰する、高く広い視点・視野を持つ ②自社のあらゆる事業や機能について自分なりの所見を持ち、躊躇せずに意見を言う ③部門や組織の壁を越えて人材の登用や、戦略立案をおこなう ④“圧倒的な当事者意識”と“おせっかい”」
写真:今井知佑
2022年6月17日(金) オンラインにて開催・配信
source : 文藝春秋 メディア事業局