妻、妹、娘、そしてミサイル開発に秘めた母への思い
眼下を滔々と流れる河の向こう岸には樹木が青々としげり、田畑が広がる中に白い簡素な家が点在している。予想以上の近さに驚きながら、備え付けの双眼鏡を覗き込むと、樹木の枝々を飛び回る、無数の白い鳥たちの羽ばたきまでが見えた。
目の前の河が軍事境界線であると知らぬ鳥たちは、撃ち殺される心配もせず、こちら岸に渡って来ることができるのだと感慨深く思った。
8月上旬。韓国の夏も暑かった。対岸の国もまた、今年は猛暑に襲われているに違いない。エアコンはどれほど普及しているのか。熱中症にかかる人はいないのか。
ソウル中心部から車で国道77号線を1時間ほど走り、烏頭山統一展望台にやってきた。古代には城があったという高台に位置し、目の前を流れる大河は、茶褐色と青味がかったそれと2層に分かれて見える。漢江と臨津江(イムジン河)、2つの流れが、ちょうどここで合流する。この大河が軍事境界線とされ、向こう岸に見えるのは北朝鮮の農村だが、韓国側から見られることを意識して作られた、いわゆる「宣伝村」だ。とはいえ、枝に止まる白い鳥までは、作為のものではないだろう。
2023年は北朝鮮にとって大きな歴史の節目の年である。朝鮮人民軍創建から75年、朝鮮戦争の休戦協定締結から70年、建国されて75年――。
社会主義国で顕著な個人崇拝が、スターリンのソ連でもなく、毛沢東の中国でもなく、金日成(キムイルソン)により確立された。社会主義国でありながら最高指導者が金一族によって世襲される、世界でも稀な国である。
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source : 文藝春秋 2023年10月号