1ページ目から読む
2/2ページ目

総裁選の開票結果を知って椅子から跳び上がった

 このときの自民党の総裁選がすごかった。1回目の投票で田中角栄156票、福田赳夫150票、大平正芳101票、三木武夫69票。田中さんと2位の福田さんとの票差はたったの6票。この開票結果を知った田中さんは椅子からポンと跳び上がって驚いたとか。「〈あれほど大勢に金を配ったのに〉こんなに少ないはずはない」というわけです。

 田中さんと福田さんは共に佐藤内閣を支えてきた両輪です。佐藤栄作はいずれ福田を後継に、と考えていたふしがあるのですが、政権の末期にもなると田中がメキメキと力をつけていましたから、後継を指名することもできません。田中は佐藤派の3分の2を率いて分離独立します。そして総裁選に突入。それは、ともに負けられない2人が争う、まさに「角福戦争」の様相を呈しました。

自宅庭での角栄 ©文藝春秋

 結局、1位と2位の決選投票では田中が勝ち、総裁に選ばれます。最終盤になって中曾根康弘が出馬を取りやめて田中支持を表明。このとき中曾根は田中に7億円で票を売ったとの噂が流れて、中曾根さんが週刊誌の追及に弁明する一幕もありました。

ADVERTISEMENT

 当時の自民党の総裁選は、今では考えられないほど札束が乱れ飛びました。総裁候補を抱える派閥のうち2つの派閥からお金をもらうのをニッカ、3つからもらうとサントリーと称し、「あいつはサントリーだ」なんて言い方で揶揄されたものです。各人1票しかもっていないので、複数の派閥から金を受け取ったら、当然どこかを裏切ることになる。田中さんが何人もの裏切りを知って椅子から跳び上がったのも、そういう背景があったからです。

角栄流「生きた金の使い方」

 ただ、田中さんの凄いところは、1回目の投票で盟友の大平さんに票を回していたこと。盟友とはいえ、総裁選に出るくらいだからライバルでもあるのに、盟友が恥をかかないよう、本来なら自分に入るべき票を回したというのです。常人なら自分がぶっちぎりでトップになりたいと思うでしょうに。とはいえ、そのおかげで、大平さんに入った101票がそのまま2回目の投票で田中さんに流れたろうことは、容易に推測ができます。

 田中さんは、それ以外にも緻密な計算を働かせています。たとえば表向き福田派に属する人間で、「今回は親分の福田さんに入れざるを得ません」とわざわざ田中さんのところに仁義を切りに来た人もいました。しかしさすがは田中角栄。「あんたは福田さんに入れればいいよ」と、けっして裏切り者呼ばわりはしないのです。こうなればイチコロですよね。取りあえず福田さんに票を入れはしても、総裁選のあとは田中さんに尽くそう、と考える人がいろんな派閥にいた。いえ、自民党内部だけではなく、野党の社会党にもいました。

今後の夜間授業についてはhttp://www.bunshun.co.jp/info/talklive/index02.htmlへ ©文藝春秋

 田中さんほど「生きた金の使い方」をする人もいません。これは総理になってからの話ですが、福田派のある議員が入院したとき田中さん自ら見舞いに行きました。議員からすればそれだけでも恐縮するのに、帰りぎわにさりげなく封筒が置いてある。角さんは気前がいいというから見舞金は50万円ぐらいかな、と思って中身をたしかめると、これが500万円。さらにこのお見舞いを4回繰り返す。〆て2000万円。こうやって隠れ田中派をふやしていくのです。こういうやり方は、人間心理を知り尽くしていないとなかなか出来るものではない。ふつうの政治家とはスケールが違うのでしょう。

(構成=浦谷隆平)

INFORMATION

池上彰<夜間授業>
“戦後”に挑んだ10人の日本人

第8回「石原慎太郎」 
1月18日(金) 18:30開場/19:00授業開始

第9回「池田大作と創価学会」
2月8日(金)18:30開場/19:00授業開始

場所:文藝春秋西館地下ホール
〒102-8008 東京都千代田区紀尾井町3番23号

料金:一般6,480円(税込)/学生3,240円(税込)

詳細・お申込みは下記のURLから
http://www.bunshun.co.jp/info/talklive/index02.html