才能はあるのに大学で記録を伸ばせない選手の多くは……
そんな中で鈴木は、指導者や周囲の仲間の言葉を素直に吸収しながら、自分の血肉に変えていった。
「卒業するときに高校時代の監督に一つだけ言われたことが、『これまでは自分の指導でやってきたけど、大学にいったらちゃんと素直に大学の先生の教えを聞く』という点でした。才能はあるのに大学で記録を伸ばせない選手の多くは、高校の時の指導者が良かった分、そこを重視しすぎてしまうのかなと。そこでズレがあると、やっぱり人間同士なので難しくなってしまう。『自分は高校時代に強かった』というプライドもあるだろうし、自分なりの練習方法もあるとは思うんですけど、そういうのはいったんナシにして、指導者の教えに従ってみることはすごく重要だと僕は思っています」
自分に合うトレーニング論を、自分で考えて貫くべしというのは、近年のスポーツ指導でよく耳にすることでもある。ただ、一歩間違えるとそれは、効果的なアドバイスを拒絶することにもつながる。鈴木は周囲の助言を素直に受け止め、日々の糧にできたことも大きかったと語る。
区間順位もタイムも、想定よりも断然よくて
そうして積み重ねた毎日の結果、15分46秒だった5000mの記録は、今年度には14分15秒まで伸びていた。10月の箱根駅伝予選会ではハーフマラソンで64分30秒をマーク。当落線上だったエントリー争いでも、選考会の10000mで好走を見せ、ぎりぎりで当確を決めた。
夢だった箱根路を、初めて駆けた感想はどうだったのだろうか。
「やっぱり『今まで頑張ってきてよかったな』というのが一番の感想です。これまでの駅伝とは全然、違いました。予想していたよりも応援もすごかったですし……、何より楽しかったですね。区間順位もタイムも、想定よりも断然よくて、自分でもびっくりしました。周りの環境がそうさせてくれた部分もあったのかもしれません」
実際に夢舞台を走ってみて、これまで続けてきた自分の選択が間違いではなかったことを実感できたという。
現在の箱根駅伝がハイレベルな大会なのは間違いないが、それでもスタートラインに立たなければ、ゴールには到達できない。
大学の陸上部に入ったらスタートラインはみんな一緒
だからこそ、これから箱根を目指すランナーには、こんな言葉を贈りたいという。
「入学するときの持ちタイムは、あくまでただの数字だと思うんです。大学の陸上部に入ったらスタートラインはみんな一緒。入ってから、自分のやるべきことをしっかりやる。それで伸びなかったらしょうがない。でも、やることをしっかりやれば誰でも僕のレベルまでは伸びると思います。それは本当に4年間で思いました。変に高校時代の記録で劣等感を持って、『自分は遅いから』とチャレンジしないのはもったいないと思います」
3月の大学卒業後は、地元青森に戻って町役場での勤務に就く。本格的な陸上競技とは離れることにはなるが、走ることを辞めるつもりはないそうだ。
「地元でもマラソンの大会はあるので、そういうのには出てみたいかなと思います。最近は市民ランナーでも良い記録を出す選手もいるので、働きながら今後はそういう走りも目指していけたらいいですね」
その表情は、達成感に満ちていた。
写真=白澤正/文藝春秋