2010年作品(164分)/角川映画・京都アニメーション/6600円(税抜)/レンタルあり

 今回は『涼宮ハルヒの消失』を取り上げる。京都アニメーション(以下、京アニ)制作の映画だ。京アニの素晴らしさをご存じない方も少なからずいるであろう本誌読者に向け、その魅力を述べたい。

 京アニを一言で表すと「世界で最も美しい映像を創ることのできるアニメスタジオ」である。ディズニーが現実と異なるファンタジーの世界を完璧に創出するのに対して、京アニは正反対をいく。その高い技術は特に日常描写に注力され、写真と見まがうほど緻密な画を創り出している。

 しかも、写実的なだけではない。情景描写は時おり揺らめいたり煌(きら)めいたり、全てが詩情的に美しい。滑らかな動きで表現される人々のちょっとした表情や仕草は、繊細な心理を伝える。そのディテールの丁寧な積み重ねが、クソみたいに思えていた日常の光景を輝かしく映し出していく。

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 この世界だって捨てたもんじゃない――そう伝えてくれる気がした。この冴えない毎日が、京アニ作品のおかげでどれだけ助けられたことか。

 本作も、そんな一本である。

 退屈な毎日を打破するため「SOS団」なるクラブを作った高校生・ハルヒと、彼女に巻き込まれた同級生の男子・キョン、彼女を監視するために参加した長門有希(実は宇宙人)、朝比奈みくる(実は未来人)、古泉一樹(実は超能力者)の繰り広げる、大小さまざまなトラブルを描いたテレビシリーズ『涼宮ハルヒの憂鬱』の劇場版作品となる。

 ある日突然「ハルヒが学園に最初からいない」という異空間に迷い込んでしまったキョンが、ハルヒと過ごした世界を取り戻すために悪戦苦闘する――それが物語の骨格だ。

 とにかく圧倒された。他のいかなるアニメ作品も色褪せるように思えてしまい、しばらくアニメ鑑賞から遠ざかったほど、魂を奪われた。

 素晴らしいのが、長門の描写。テレビシリーズでは感情を表に出すことはほぼなかったのだが、ここでは隠されていた感情を繊細に見せてくる。その表情・挙動の全てが指先に至るまで生命の潤いに満ちていて、心がときめいた。

 特に終盤、キョンと長門が真相を語る場面がたまらない。空から雪が舞い落ちてくる。それを見上げる長門の眼差し。

 全ては、京アニのスタッフたちがゼロから描いたものである。なんと多幸感あふれる映像を創る人々なのだろう。

 それなのに、今観ると、涙が止まらない。でも、それは作り手たちの望むところではないはず。作品に接する時くらいはせめて、何もかも忘れ、浸りたい。難しいかもしれないが、それが京アニの皆さまに対する敬意と感謝を示すことになる。そう思っている。

泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと

春日 太一

文藝春秋

2018年12月12日 発売