文春オンライン

連載昭和の35大事件

三原山噴火口に次々飛び込む若者たち――加熱するメディア報道が導いた悲惨なブームとは

2019/11/24

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, 歴史, メディア

note

社会的惨事をキャンペーンに転化させるメディアのしたたかさ

 こんな異常な雰囲気の中で、本編にもある通り、時事新報は5月1日付朝刊社会面のほぼ全面を使って、「三原山噴火口を下る 本社両記者・死を覚悟して ご神火の真ッ只中へ降下百二十尺!」の見出しで、4月30日に実施した三原山火口内部降下体験の記事と写真を掲載した。「こゝに世紀の記録を創成す」という自賛の見出しも付いていた。

 これに刺激されたのだろう。約1カ月後、今度は読売が社挙げての事業として「三原山噴火口底降下大探検」を行った。準備段階から大きく紙面で展開。5月30日付朝刊は「世界的大探検成功・三原山火口底を究む」の横見出し。「千二百五十尺降下」というから、単純に比較はできなくても、時事新報の10倍以上。火口底で男性の遺体を発見するおまけもついた。

 5月31日付夕刊には「科学と人の力の勝利」という当時の齋藤実首相(3年後の「二・二六事件」で殺害される)の祝賀談話まで載せている。多発する自殺を防止するため、科学的な解明を、という建前は分からないではないが、社会的な惨事を自社メディアの事業と紙面のキャンペーンに転化させるのは、したたかというか何というか……。

ADVERTISEMENT

三原山噴火口底降下探検「成功」を報じた読売新聞

 見逃せないのは、時事新報が自社の探検成功の続報を掲載した、その5月2日付朝刊社会面の真ん中に置かれた「三原山の紹介者 自殺か謎の急死」という記事。

「一時も絶ゆることのない三原山の噴煙が永遠の青春を胸に抱く乙女たちの心臓にいまなお呼び掛けている折、奇しき因縁か! 去る1月12日、実践女学校の真許三枝子(25)、松本貴代子(21)の両女学生を死の火口に導き『死の案内者』として近来稀な猟奇的事件の主人公となり、同時に三原山の名をいよいよ有名にした富田昌子さん(21)が、事件の記憶、世上に生々しいさる29日、突如脳底脳膜炎に冒されてこの世を去った旨、1日、郷里埼玉県忍町の実家から同町役場に届け出があった」。

 そう報じたものの、診断した医師が所在不明であることなどから「自殺説も伝えられている」としている。

©iStock.com