目を赤くして泣いている、いつもより小さい妻がいた
「ちょっと待って!」。思わず、そう声を上げてしまいました。僕たち夫婦はふだんから何でもよく話しますが、相手の話を遮ることは滅多にしません。でもこのときは、猛烈な怒りがこみ上げてきてどうしようもなかった。目の前にいる妻が、僕も名前を聞いたことのある男によって弄ばれた。その状況が目に浮かんだんです。
先ほども言った通り、セクハラの範囲内のことはあったんだろうと思っていました。でもセックスは、僕の願望としても否定する気持ちが強かった。それが打ち砕かれたわけです。
その男が目の前にいたらぶん殴ってやりたい。殺していいなら殺してやりたい。そんな感情が体中に満ちあふれました。ベッドにじっと腰掛けているのは無理でした。そのまま妻の隣に座っていると、怒りをぶちまけてしまいそうでした。
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「ちょっと外に出てくる」。そう言って夫は、寝室のドアに向かって歩き始めたという。夜中の冷たい空気に当たり、ともかく頭を冷やそうと思ったからだった。
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そのとき「出て行かないで……」と弱々しい声がしました。振り返ると、鼻をすすり上げながら目を赤くして泣いている、いつもより小さい妻がいました。
あまりに心細そうな姿にハッとしました。僕が怒っている場合じゃない。妻は一大決心をして被害を話してくれた。それなのに僕がこの場を立ち去れば、妻は一人ぼっちで悲しみと不安に向き合うことになる。そんな目にあわせてはいけない――。
僕は妻の隣に座り、肩を抱き寄せました。
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「取材に一緒に来てくれる?」
最大級の怒りをそんなにも早く沈め、妻のことを案じて行動できるものだろうか。そんな疑問に夫は、数年前に家族の死などからうつ状態になって仕事もできなかったとき、妻は見捨てずに、ずっと傍で回復を待ち続けてくれたことが大きいかもしれないと話した。
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僕にすべてを話したあと、妻は「同じような被害を繰り返させないためにも証言する」と、取材を受ける覚悟を固めました。そして僕に「取材に一緒に来てくれる?」と聞いてきました。
妻が記者と会うのに2回付き添いました。とにかく妻を支えようという気持ちで、基本的に隣でじっと座っていました。
妻が被害について話すと、僕の頭にも再びその状況が浮かびました。やり切れない気持ちになりましたが、妻をサポートするという自分の役割を強く意識していたので、落ち着きを失うことはありませんでした。
取材の方法をめぐって、記者に意見を言ったこともありました。広河氏への事実確認について、記者が提案するやり方では、妻の不安が大き過ぎると思ったからです。結果、妻の負担を減らせたと思っています。
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だが、雑誌の発売日が近づくと、妻の動揺はどんどん大きくなっていったという。
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