カーナビが「マスクを着けましょう」と警告
ここで、ちょっと時間を戻そう。
新型肺炎の存在が知られるようになったのは年末年始のことだ。昨年12月から中国のインターネット上では「SARSが再発生した」といった情報が流れていたが、12月31日になって武漢市の衛生当局が市内で発生している原因不明の肺炎感染者の存在を正式公表している。
だが、今年1月に入っても武漢市当局の発表は抑制的だった。1月9日に新型のコロナウイルスが発症者から検出されたことが明らかになり、日本など海外で大きく報道されるようになっても中国メディアの扱いは目立つものではなかった。
そのため一般的な関心が高まらず、その頃に北京市内の様子を見てもまったく変化がなかったのが印象的だった。ちょっと前には「PM2.5」が深刻だった北京だが、最近では空気の質が大きく改善されているためマスク姿の人は平常時には1%にも満たない。新型のコロナウイルスの感染が武漢でじわじわと拡大するようになっても、北京市内のマスク着用率が上がることはなかった。
それが一変したのが1月20日だ。この日、習近平国家主席が感染拡大を阻止するよう重要指示を出した。この中で、感染に関する情報についても「直ちに発表しなければならない」と指示しており、これを機に各地の当局が競うように感染状況を発表するようになった。中国メディアやSNSなどでも、新型肺炎に関する情報が文字通りあふれるようになった。
習氏の指示の影響は、すぐに北京の街にも形となって表れた。翌21日夜までには、自宅近くのコンビニではマスクが売り切れていた。そして、22日の出勤時間帯に周囲を見渡すと、少なくとも半分以上の人はマスク姿だ。薬局に行くとレジの前に行列ができていて、女性店員が「もう在庫が少ないから家族の人数分しかマスクは売らない」と叫ぶように押し寄せる来店客をさばいていた。
さらに、タクシーに乗るとスマートフォンのカーナビが「シートベルトを締めてください。マスクも着けましょう」と告げてきた! 混乱とまではいかないが、北京も「危機モード」に入ったことを実感させられた瞬間だった。
その後はご存じの通り、感染拡大の阻止に向けて次々と強硬策が打ち出されていった。武漢市の事実上の封鎖(1月23日)、海外への団体旅行の停止措置発表(1月25日)、春節の大型連休の延長表明(1月27日)。だが、初動の遅れはいかんともしがたく、感染拡大に歯止めがかからない状況が今も続いている。
「2週間以内は中国に来ないで」
現在、北京市民が最も心配しているのが「本格的に人が戻った後に何が起きるのか」ということだ。今も多くの企業が従業員の出勤を控えているうえ、春節休暇のUターンも分散化されているため、春節休暇が本格的に明けたという実感はない。人の量が平常時に戻ったときに、感染が拡大しないか懸念されている。
中国版の「LINE」とも呼ばれる通信アプリ「微信(ウィーチャット)」には、北京に住む中国人の知人から私宛に次のようなメッセージが届いた。
「中国にいない人は2週間以内にはできるだけ来ないでください。中国にいる人は食品を多めにためて、できるだけ外出しないでください」
まだ進行中の異常事態を前に、北京市民の警戒は高まったままだ。