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2017/07/19

僕を“変身”させた東大の授業

 そして東大に入り、駒場での横断的な授業に出て、僕は変わっていきました。高校の時点ですでにいろいろなことに興味を持っていたとはいえ、基本的にはガリ勉で、恋愛経験もなかった。ハイカルチャー主義で、オタクだった僕を、駒場の勉強は柔らかい人間に変身させてくれました。だから勉強は変身だ、という実感があるのです。印象的で今でも覚えているのは、たとえば久保田晃弘さんが映像作品を見せて、批評を書かせる授業です。教室を突然真っ暗にして、エヴァンゲリオンのタイポグラフィーを次々と画面に映し出す。あるいは上野千鶴子さんの江戸の春画の授業。「これから刺激的なものを見せますので、苦手な方は出て行ってください」と毅然と言い放ち、女性が騎乗位でまたがる春画を見せる。それから、古代ギリシャ専門の山本巍さんは、ギリシャ的な愛とキリスト教の愛を語るのに、当時流行っていたKinKiKidsの曲から「愛されるより愛したい」というフレーズを引用されていた。

©末永裕樹/文藝春秋

 サブカルチャーとハイカルチャーの軸を自由につなげて、「これが当たり前」という態度で話す。今ではその行き来は当たり前かもしれませんが、90年代後半に学生だった僕にとって、それはまさに自己破壊的な経験でした。クラシックや現代音楽だけなんてダサいと突きつけられた。渋谷や新宿で遊びを覚えることと、駒場での教養教育によって、僕のハイカルチャー主義は破壊されました。デリダやレヴィナスを学びながら同時にポピュラー文化を受け入れられるようになった。ガリ勉を脱して、ストリートの身体を経由し、深い勉強に入っていったのです。

 ここで再び、勉強の核となるメソッドとして紹介したアイロニーとユーモアの話に戻るならば、何が本当に価値あるものかを追求するのはアイロニー的姿勢です。それはハイカルチャー的とも言い換えられるでしょう。一方で、一見価値がないと言われるものも、見方を変えれば別様に価値づけられる、と考えるのがユーモア的姿勢です。勉強を深めていくと、ともすれば、究極の根拠を求めてアイロニー追求型に陥ってしまいかねません。しかし、自身の享楽によってその深掘りにストップをかけ、アイロニーからユーモアへと折り返す。このターンが大切なんですね。僕はユーモア的な肯定性の意義を強調したい。自分にとって不要に見えるものをも、別の仕方で肯定できるようになること。それが教養教育の本質だと思っています。

文責:文藝春秋第一文藝部

気鋭の哲学者・千葉雅也の東大講義録 #3「勉強のテクニックをお教えします」に続く

ちば・まさや/1978年栃木県生まれ。東京大学教養学部卒業。パリ第10大学および高等師範学校を経て、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。哲学/表象文化論を専攻。フランス現代思想の研究と、美術・文学・ファッションなどの批評を連関させて行う。現在は、立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。著書に『動きすぎてはいけない――ジル・ドゥルーズと生変化の哲学』、『別のしかたで――ツイッター哲学』、訳書にカンタン・メイヤスー『有限性の後で――偶然性の必然性についての試論』(共訳)がある。今年5月には『勉強の哲学 来たるべきバカのために』を出版し、「東大京大で一番読まれている本」になった。

勉強の哲学 来たるべきバカのために

千葉 雅也(著)

文藝春秋
2017年4月11日 発売

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