『勉強の哲学 来たるべきバカのために』の発売から3か月あまり。現在5刷4万5000部と版を重ね、「東大・京大で一番読まれている本」にもなった。5月25日には、東大の駒場キャンパスにて、著者の千葉雅也さんによる「勉強の哲学」講演会が開催。かつての学びの地である駒場にて、『勉強の哲学』のポイントを紹介しつつ、教養教育の意義が語られた。その一部を掲載する。
※気鋭の哲学者・千葉雅也の東大講義録 #1「勉強とは何か」より続く
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勉強のテーマを見つける――「欲望年表」の作り方
前回までが、深く勉強するとはどういうことなのかを語った、勉強の哲学・原理篇についての簡単な紹介でした。では、自分に特異な勉強のテーマは、どのように見つけたらいいのでしょうか。キモくなる恐れを乗り越えたとして、その先に、勉強の可能性はきりがなく広がっていくでしょう。そこで、この本では、勉強の範囲を有限化し、足がかりを得るための一つの実践的な方法として、「欲望年表」を作るというワークを紹介しています。自分が何に「享楽的なこだわり」を感じてきたのかを、無意識から浮かび上がらせてみようというものです。勉強の過程においては、必ず自分ならではの「こだわり」が問題になります。それは、これまでの人生で出会った他者との間に生起した「出来事」と深い関わりをもっています。
まず大事なのは、「享楽」のポイントを探ってみることです。今までどういう本を読んできたか、幼少期にどんなおもちゃで遊んだのか、どんな人に出会って影響を受けたのか――そういった出来事を書きだして、歴史の流れの中に位置づけてみると、自分なりのこだわりの所在が見えてくる。それを勉強の軸にすることができる。ここで参考までに、本でも紹介した僕の欲望年表の一部を引用し、具体的に考えてみたいと思います。
千葉雅也氏の欲望年表
1994 中学卒業、宇都宮高校入学
美術の課題で、地元の美術館の展覧会についてレポートを書く。
高校1年か2年で、ドゥルーズとガタリのことを知る。『コンサイス20世紀思想事典』を読んだ。
1995 阪神大震災、地下鉄サリン事件、『新世紀エヴァンゲリオン』
高校2年のときに、自宅にインターネットが入り、深夜の匿名チャットにハマる。
これが僕の欲望年表の一部ですが、ここから僕なりのこだわりと出来事を浮かび上がらせてみます。僕はもともと美術が好きで、中学高校の頃にはオブジェを作ったりしていましたが、しだいに制作よりも美術をどう語るかという批評の方に興味が移っていきました。哲学や思想書を読むようになり、今僕が研究しているドゥルーズのことも知ったのですが、美術からドゥルーズへと興味が広がったきっかけの一つは、高校2年生の時に出会ったインターネットです。深夜のチャットで知らない人たちとつながる体験は、地元の世界に縛られて生きていた僕にとって大きな衝撃でした。ドゥルーズは従来のしがらみから自由な雑草のように広がる関係を「リゾーム」という概念で表現しましたが、僕はそれが深夜のチャット体験とつながっていることに気づいたのです。その頃にはすでに、東大の文3に行って、メディア論と美術批評をやろうと心に決めていました。