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“新型コロナ”から復活 田嶋幸三・サッカー協会会長が語った「18日間の入院生活で感じたこと」

「医療従事者はプロフェッショナルでした」

2020/04/11

 3月17日、新型コロナウイルス感染に警戒感が高まる日本中に、あるニュースが走った。

「日本サッカー協会会長の田嶋幸三氏(62)に陽性反応」

 日本では世間に名の知られる団体組織の要職者では初めての感染者だった。肩書きや立場のある人間が真っ先に感染を公表したことで、国民にこのウイルスの実態を知らしめることにつながった。

 その後無事に回復し、4月2日に退院した田島会長。後日、WEBで行った単独インタビューで、当時何が起きていたのかを再現する。

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田嶋幸三・日本サッカー協会会長 ©JMPA

「あなた部屋から出ないでください」と妻に言われ……

 田嶋氏が体調に異変を感じたのが、3月14日。この日は東京都文京区にあるJFAハウスで理事会に参席していた。すでに2月下旬以降、サッカー協会の業務は在宅勤務に切り替わっていたが、次年度の重要案件を決める会議であったために、初めてWeb形式での参加も認めたうえで会議が開催された。当日は東京に寒波が襲来し、冷え込んでいた。帰り際の夕刻、田嶋氏は「気候のせいか少し寒気を感じた」という。

 帰宅後、暖を取り寝床についた。就寝直前、ネットニュースを確認していた時に、嫌な予感が走った。「3月上旬にヨーロッパの会議で同席したセルビアサッカー協会会長に陽性反応が出たという報道でした」。

 さらに翌15日朝には、スイス協会会長の感染というニュースが流れた。そこで熱を計ると、体温は37.5度。医療関係者である妻にすぐに伝えると、「あなた部屋から出ないでください」と言われ、家中の消毒、そして同居する86歳の義理の母を含む家族と隔離されることになった。

ヨーロッパで握手や“3密”会議

 2月下旬から3月上旬にかけて、オランダやイギリス、アメリカと出張行脚に出ていた。当時の各国はロックダウンが発令される現在のような緊迫感はなく、まだこのウイルス感染症が遠いアジアで発症しているぐらいの認識だった。日本から合計4人で移動した田嶋氏らは、「常に手洗い、うがい、手の消毒と当地でも気を付けていた」という。現に田嶋氏以外の3名には、その後も陽性反応は出ていない。

 ただ、ヨーロッパでの会議では握手や近距離でのコミュニケーションが普通に行われていた。

「例えばセルビアの会長とは隣り合わせではなく4~5mほど離れた場所にいましたが、会議自体は完全に『3密(密閉、密集、密接)』の条件が揃っていた環境でした」