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家系ラーメン・名門「六角家」はなぜ破産したか 大手飲食チェーン参入で「職人vs.資本系」に勝負あり?

「『六角家』の倒産は、家系ラーメンの一つの時代が終わったといえるぐらい象徴的な出来事です。かつて『吉村家』『本牧家』と並び『家系御三家』とまで呼ばれた名門もついに。あのとんこつ感と醤油感が絶妙のバランスを保っていたラーメンがもう二度と食べられないのかと思うと……巨星墜つ。そんな気持ちです」

 こうガックリと肩を落とすのは、食ジャーナリストの小林孝充氏だ。2020年9月4日、ラーメン愛好家たちの間に衝撃が走った。90年代、家系ラーメンの「代名詞」とまで呼ばれ、一世を風靡した老舗の名店「六角家」が、横浜地裁より破産手続き開始決定を受けていると報じられたのだ。

六角家 Ⓒ文藝春秋

家系ラーメンの「御三家」といえばここ!

 家系ラーメンといえば、太麺に豚骨ベースの濃厚な醤油スープを合わせるのが特徴だ。トッピングには海苔3枚、ほうれん草、チャーシューをのせるのが基本的なスタイル。もともとは神奈川限定の「ご当地ラーメン」だったが、90年代にブームが起こって以降、全国に広まり、「札幌ラーメン」「博多ラーメン」に次ぐ人気を誇っている。「家系ラーメン」と筆文字で書かれた大きな看板と赤いカウンターの店を見たことがある人も多いだろう。

 その家系ラーメンの業界で“御三家”と呼ばれ、ファンの間で人気だったのが「六角家」だった。

「『六角家』は、家系ラーメンの創始者である吉村実氏の元で修業していた神藤隆氏が、1988年に独立して横浜市神奈川区六角橋で始めたお店です。本家の『吉村家』に比べ、『六角家』は豚骨の主張が更に強いと評判になり、本家に劣らぬ人気を誇りました。1994年には新横浜駅近くに誕生した『新横浜ラーメン博物館』に開館当初から“横浜代表”として出店されました。当時、まだ食をテーマにしたアミューズメント施設は珍しかったため、若者を中心に多くの人が集まり、『六角家』の名前は一躍全国区になりました」(ラーメン評論家・山本剛志氏)

吉村家 Ⓒ文藝春秋

 それほどの超有名店がなぜ今回倒産したのか。皮肉なことに、その原因は「六角家」がそれまで横浜のご当地ラーメンに過ぎなかった家系ラーメンを全国区にしたことにあった。