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「ユーモアと社会は切り離せない」占領下の生活を“悲劇”として描かない理由

『天国にちがいない』――エリア・スレイマン(映画監督)

2021/01/29
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壁に貼った付箋を眺める日々

――監督は、実際に自分が体験したことを常に書きとめてそれを映画にしているそうですが、映画でも、主人公がたくさんの付箋を壁に貼っていくシーンがありましたね。まさにこのような手法でメモを貯めているのでしょうか。

スレイマン たしかにあれは実際の作業の一場面です。でもあんなふうに付箋を貼っているときというのは、作業はすでに第四段階くらいまで来ていますね。普段はいつもノートを持ち歩いています。そして常に感性を研ぎ澄まし、おもしろいと思ったことはすべて書きとめておくようにしています。別に映画のネタを探しているというわけではなくて、日常を観察するのが私の習慣になっているんですね。そうやって集めたメモを、ある段階になると整理し始めます。時間を置いて集めたものを読みかえし、なぜ自分は当時それをメモしたのかを考える。そのなかで、今でも関心を持てるもの、そうでないものとに分類していく。長い時間を経ても生き残るものかどうかを映画的視線で確認し、厳選したものだけを付箋にして壁に貼っていく。さらにそれを眺める行為を何ヵ月も続けます。そしてそれぞれの関わりを見て分類していくとやがて宇宙ができあがっていく。つまり映画として形づくられていくわけです。私にとってのこの作業は、いわば画家が絵を書くときキャンバスに顔料を塗り重ねていくような、そういう作業ですね。

――となると、エピソードの並べ方は、付箋から脚本をつくっていく段階で完璧に決まるものですか。それとも編集の際にまた変わってくるのでしょうか。

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スレイマン 90パーセントは脚本通りに構成したと言えると思います。ただ、トーンやリズム、自分の感性やそのシーンが持つ雰囲気などを見ながら、後から順番を変えることもたしかにあります。映画というのは、撮影しているうちにそのリズムやトーンが決まってくる。撮影しながら「このシーンはこの順番でない方がいいな」とか「このトーンでつくったほうが面白いな」と新たに見えてくるものがあるんです。だから撮影現場の時点で脚本から変更してしまうこともあるし、編集室で「ここはうまくはまらないな」と気づいて少しずらすこともありますね。

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