「パリ以外では絶対に撮りません」
――映画のなかで驚いたのは無人のパリの場面です。撮影にはパリ市長が全面的に協力してくれたようですね。
スレイマン 映画を見たフランスの監督からも「いったいどうやって撮影したのか」と驚かれました。私が選んだ場所は、ヴァンドーム広場などパリでも人や車が実に多い観光の中心地ばかりでしたから。制作チームにも「こういうところを閉鎖して撮るのは不可能です。郊外とか似たような街で撮ってはどうですか」とずいぶん説得されましたが、私は「パリ以外では絶対に撮りません」ときっぱり言いました。幸いにも最終的には思ったとおりの撮影が実現したわけですが、これはやはりフランスの映画文化のおかげだと思います。フランスでは、政治家と呼ばれる人たちでさえ心から映画を愛し、自分たちの国で撮ることを奨励してくれている。そして本当に感心したのは、フランスのクルーのチームワークです。監督である私のためにどんなに難しいシーンでも絶対に撮るんだという気概で、みなさん真剣に取り組んでくれました。パリでの撮影経験はとても美しく映画的な経験でした。
映画にはルーヴル美術館も登場しますよね。実は当初、あの有名なルーヴル・ピラミッドを撮るのは諦めていました。というのもあのピラミッドを映すには莫大な権利料を払わなければいけなかったからです。そこでどうにかピラミッドを映さないよう、その周辺だけを撮るよう気を付けていました。ところがその撮影中に、一人の女性が声をかけてきました。その人はルーヴル美術館で撮影許可を出す部署で働いている人だったのですが、彼女は私の作品をよく知っていて、「スレイマンさん、どうしてルーヴルの象徴であるピラミッドを撮らないんですか?」と聞いてきたんです。「そんな予算を持っていないからです」と答えたら「それなら私たちで費用を負担しますから、ぜひ撮ってください」と、撮影を許可してくれただけでなく、わざわざ美術館を閉館にして撮影をさせてくれたんです。映画のためにここまでしてくれる国も場所も、他には絶対にありえないでしょうね。
――パリの街に出現した戦車にも驚いたのですが、まさか本物ではないですよね……?
スレイマン さすがにあれを実際に撮ることは不可能です(笑)。CGでつくった戦車ですね。ただ7月14日の革命記念日には毎年軍事パレードが行われますよね。軍隊のキャンプ場からシャンゼリゼを通って、戦車や軍人が練り歩く。私も2回ほどその様子を目にしましたが、映画で出てくるあの場面は、実際の軍事パレードから触発されたつくったものです。ところで『D.I.』でも戦車が爆発するシーンがありますが、あそこでは実際の戦車を爆破しています。実はあれはフランス軍が提供してくれた戦車で、撮影もフランスで行っています。パレスチナに見せかけるように道も用意して、森の部分も整備して、戦車の模様もイスラエル軍のものに似せるよう丹念に作り込みました。ただ撮影は1テイクのみでしたね。代替車はとても用意できませんでしたから(笑)。
Elia Suleiman 1960年、イスラエル領ナザレに生まれる。寡作ながらもパレスチナ系イスラエル人という出自を反映した作品作りを続け、2002年に発表した長編2作目『D.I.』はカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した。
INFORMATION
『天国にちがいない』
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