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「自分のなかで何かが崩れる音がした」

 Aさんは「これを知った瞬間、自分のなかで何かが崩れる音がしました」という。

「だって、社員があたかもその消費者本人かのように振る舞い報酬を受けながら宣伝活動をするなんて、正々堂々としたやり方じゃないと思います。書かれているコメントは消費者の方のありのままの声かもしれませんが……。

 研修中、先輩から『マーケティングは顧客と会社の信頼関係で築くものだ』と教わりました。でも、この会社がしようとしていることは消費者をだますことに他ならない。何十年もかけて築いた信頼関係を壊す施策だと思いました」

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 思い悩んだAさんは、交流のあった先輩社員に相談をするようになった。

「自分が長く働きたいと思い始めていたDHCが、働くのが恥ずかしくなるような会社であってほしくない、間違っていることは間違っていると言いたかったんです。研修部署の先輩や、人事部との面談でも『この施策、おかしいと思います』と疑問をぶつけるようになりました」

証言するAさん ©文藝春秋

 しかし先輩社員の反応は芳しいものではなかった。

「みんな困り顔で、『応募してないから分からないなあ』とか『黙ってるしかないよ』と曖昧に答えるばかりで、納得のいく回答は得られませんでした。なかには『あれは“ステマ”だよね』と小声で同調してくれる先輩もいましたが、じゃあなにか行動に移そう、という話には一切ならなかった。研修担当の上長からは『そういうことが気になるなら転職するしかないね』と言われました。誰も、会長の指示に異を唱える人がいなかったんです。愕然としました」

「DHCはワンマン企業、異を唱えるなんてありえない」

 この頃のAさんについて、前出の社員はこう振り返る。

「『らくがき板』の施策のことは社員のほとんどが疑問に思っていたんです。でもDHCは吉田会長のワンマン企業ですから、異を唱えるなんてありえない。表立って批判する人はAくんだけでした。Aくんは正しいことをしていたと思いますよ。でもDHCで働くには正義感が強すぎるというか……。生意気な新人だと思っていた社員も多かったと思います」

 Aさんにとって、DHCは居心地がいい職場ではなくなっていったようだ。10月にもなると、Aさんの研修部署は4カ所目になっていた。「平均して、だいたい皆3カ所程度で終わるらしいんですけどね……」とAさんは言う。

「いちどはDHCで長く働こうと思いましたが、この頃から徐々に会社に対する不信感が募っていきました。会社の研修以外にも、資格の勉強を始め、映像制作やコーディングなどのスキルをのばす勉強を始めました。同時に、自分なりにらくがき板の施策がいかに会社の長期的な利益にならないかを調べ、先輩社員に対して個人的に発表し、意見を聞いたりしていました。でも手ごたえはなく、『君の言いたいことはわかるけど、会長が言っていることだからどうしようもない』という答えが返ってくるだけ。もやもやした気持ちを抱えたまま、研修をこなす日々が続きました」(Aさん)