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「加害者にも未来がある。学校は責任は負えない」旭川イジメ14歳凍死 中学校教頭が母親に告げた言葉

「なぜ先生はイジメた子の味方なの?」と少女は泣いていた 旭川14歳少女イジメ凍死事件 #5

genre : ニュース, 社会

「もっとY中学校が真摯に対応してくれていれば、爽彩へのイジメがこれほどエスカレートすることもなかったのではないか。そう思うと残念でなりません」

 前出の親族はこう語るとため息をついた。取材班が、Y中学校のイジメへの対応に問題がなかったか取材を進めるとY中学校のあまりに杜撰な対応の実態が明らかになった。

担任は「B男はちょっとおバカな子なので気にしないでください」

 2019年4月、爽彩さんがY中学校に入学した直後から始まったイジメは凄惨なものだった。彼女にわいせつ画像を送らせ、それをLINEグループ内に拡散。その後、小学生を含む複数人で爽彩さんを囲み、自慰行為を強要するという事件も起こった。爽彩さんの母親は娘の異変に気付き、学校側に何度も相談したという。前出の親族が語る。

「担任の先生には母親が4月から6月の間に計4回ほど相談しました。『イジメありますよね? 調べてください』と何度も電話で伝えました。でも、訴えの電話をしたその日の午後や次の日には担任の教師から折り返しの連絡がきて、『本当に仲のいい友達です。親友です』という答えが返ってくるだけでした。母親はあまりの返答の早さに、しっかり調査をしたのかと不信感を抱いていました。

 爽彩自身も担任の先生にイジメの相談をしたことがあったそうです。ただ、『相手には言わないでほしい』と言ったのに、その日の夕方には加害生徒に担任の教師が直接話をしてしまったそうです。爽彩は担任の先生には『二度と会いたくない』と言っていました。

 ゴールデンウィークの深夜に、爽彩が上級生のB男から呼び出され、非常に怯えていたことを担任に伝えても『(B男は)ちょっとおバカな子なので気にしないでください』『今日は彼氏とデートなので、相談は明日でもいいですか?』という答えで、事態の深刻さを理解していないようでした」

爽彩さんがイジメをうける前に描いた絵

ウッペツ川の事件をきっかけに入院した爽彩さん

 6月、爽彩さんが地元のウッペツ川へ飛び込んだ事件が発端となって、警察が捜査を開始。わいせつ画像を送ることを強要した加害少年のC男は児童ポルノに係る法令違反、児童ポルノ製造の法律違反に該当したが、当時14歳未満で刑事責任を問えず、少年法に基づき、「触法少年」という扱いで厳重注意を受けた。A子、B男、D子、E子らその他のイジメグループのメンバーは強要罪にあたるかどうかが調べられたが、証拠不十分で厳重注意処分となった。事件後、爽彩さんは心身のバランスを崩し、長期入院を余儀なくされた。

飛び込み事件の現場となったウッペツ川 ©文藝春秋

「Y中学校の教頭や先生は爽彩が入院していた病院にお見舞いに来てくれて、『がんばれー、爽彩さん』と励ましてくれました。母親は『爽彩との時間を大切にしたい』と毎日、病院へと通う一方、何度かY中学校にも呼ばれて、学校側から加害生徒の聞き取り調査の経過報告などを受けていました。ただ、母親は爽彩のイジメに相当ショックを受けていて、心労が重なり、体調を崩すことがあったんです。そのため、Y中学校側との話し合いの場には代理人の弁護士に行ってもらうことにしたんです」(同前)

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