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【アカデミー賞三冠「ノマドランド」】女一人“家無し”で生きる現代のノマドに、アフロ記者稲垣さんが感じた「自由」

「これが、コロナでも何も変わらなかったんです。コロナや災害が怖いのは、持っているものを否応なく奪われるからだと思うんですが、何しろ私の場合はすでに何もない。小さなワンルームで、電気もガスも水道もほとんど使わず、日々同じものを食べて着て十分満足して生きている。5年の間に、お金や肩書きがなくてもハッピーに生きていく方法がちゃんと身についたんだと思います。実はコロナで収入の柱だった講演はほぼゼロになって収入は激減したんですが、それでも全く平気だったのは我ながら嬉しかったですね。

 生きていくのに必要なものって、実はそんなに多くない。会社を辞めて小さなワンルームに引っ越した時は正直惨めに思ったけれど、今や、これでも広すぎると思うようになりました。家賃が払えなくなったらもっと狭い家に引っ越せばいいし、それも難しくなればファーンのようにキャンピングカーで旅を生きるのもありだなと、映画を見てワクワクしました」

アメリカ西部のネバダ州。夫に先立たれ、一人で暮らす61歳のファーン(フランシス・マクドーマンド)は涙を浮かべ、住み慣れたエンパイアの町に別れを告げる。石膏採掘とその加工で栄えた町は不況のあおりで閉鎖され、全住民が立ち退くことになったのだ。思い出をキャンピングカーに詰め込んで、彼女は現代のノマド(遊牧民)となる。 ©2020 20th Century Studios. All rights reserved.

「老後の安心」が未来を縛る存在に

 そんな稲垣さんも、新聞記者時代は「モノ」を持つことで安心を得ていたという。30代の頃には「老後の安心のため」、当時の勤務地に近かった神戸にマンションを購入した。でもその家も、最近思い切って手放した。

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「なんと購入価格の6分の1だったんですけど、お金が無いなら無いなりに生きていけばいいやと思うようになったんですよね。老後の安心のはずの家が、自分の未来を縛る存在みたいに思えてきて」

©2020 20th Century Studios. All rights reserved.

 モノに頼らなくてもいいと思えるようになったのは、近所に知り合いがたくさんいるからでもある。

「数えてみたら、軽く100人は挨拶しあえる仲の人がいるんです。自分を守ってきた家とかモノとかを手放して初めて、知り合いがたくさんできた。家に何もないので、近くの小売店が我が家の冷蔵庫だし、銭湯が私のお風呂だし、カフェが私の書斎。町が我が家なんですよね。

 そうなると、家のメンテナンスをするように、近所の人に気を使うし、向こうも気を使ってくれる。町の人が準家族みたいになって、おかずを分けてくれたり、朝、いってらっしゃいと言われたり。会社員の頃は、人に認められたいと必死に頑張ってきました。で、なかなか認められないことに苦しんでもきた。でも簡単なことだったんです。人を認めれば、自分も認めてもらえる」