日本時間の4月26日午前に発表された米アカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演女優賞を受賞した『ノマドランド』。物質的豊かさに疑問を投げかける本作を、50歳で”無職”となった元朝日新聞記者・稲垣えみ子さんと観た。
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コロナ禍で例年より1カ月遅れで開かれた、2月末のゴールデングローブ賞授賞式。作品賞と監督賞に輝いたのは、監督、キャスト含めてわずか25人というクルーでアメリカ西部を5カ月間旅しながら撮影したロードムービー、『ノマドランド』だった。
原作は気鋭の女性ジャーナリストであるジェシカ・ブルーダーが、リーマンショック後のアメリカで急増した車上生活者数百人に取材したノンフィクション『ノマド 漂流する高齢労働者たち』(日本語版は春秋社刊)。
映画版では、夫に先立たれ、一人暮らしをしている61歳のファーン(アカデミー主演女優賞に2回輝くフランシス・マクドーマンド。本作の共同製作も兼ねる)を主人公に据え、彼女が炭鉱町の閉鎖で住居を失い、キャンピングカーに思い出を詰め込んで旅立つところから始まる。
旅の始まり、かつて代用教員をしていた時の教え子と出会い、
「先生はホームレスなの?」
と尋ねられると、彼女はほほ笑んでこう答える。
「いいえ、ハウスレスなだけよ」
住まいも、定職も、家族も持たない。ファーンが出会い、彼女自身もその一人となっていく“現代のノマド=遊牧民”たちは、俗世のしがらみから解き放たれ、心の平安を得ているように見える。
「自分を守っていたものを捨て、一人になると、世界が違って見えてくる。そして『良い人』になれる。私自身も実感したことです」
こう語るのは、朝日新聞記者らしからぬアフロヘアと、3・11をきっかけに始めた「個人的脱原発生活(冷蔵庫、エアコンほか電化製品をいっさい持たない生活)」が話題を呼び、『報道ステーション』出演などで人気を集めた稲垣えみ子さん。2016年に朝日新聞を退社。同年発表した著書『魂の退社 会社を辞めるということ。』には、
「50歳、夫なし、子なし、そして無職……しかし、私は今、希望でいっぱいである」
と書いた。
無職。ずっと退職後はそうなりたいと思っていたという。会社員は恵まれた存在だが、いつの間にかお金や肩書きに支配されている自分に気づいてもいた。「時間」や「自由」を大切にする人間らしい生活を望んでいた。
あれから5年。コロナ禍を経て、生活や心境には変化が生まれたのだろうか?