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保身 積水ハウス、クーデターの深層』(角川書店)

「え? どういうことですか」

「そもそも、デベロッパーの用地取得の担当者で海喜館のことを知らない者は、少なくとも東京にはいません。そんな好物件を東京マンション事業部が、ほっとくと思いますか。ずいぶん前から地主の海老澤にアプローチしていました。つまり東京マンション事業部には、本物の海老澤に会ったことのある人間が複数人存在していたのです」

「なるほど。それは当然のことですね」

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「はい。その海老澤に接触した複数人はすでに会社を離れていますが、東京マンション事業部はこの内の少なくとも2人に対して面通しをしている。小田が交渉している地主の写真を見せて、本物かどうかを確認したのです」

「結果はもちろん……」

「『偽者だ』と伝えられました」

 にわかには信じられない情報で困惑したが、すぐに頭を整理した。つまり東京マンション事業部は契約前から、パスポートに写る顔写真が、地主の海老澤ではないと認識していた可能性がある。私は他にも偽者だと認識し得る情報はないか、確認してみた。

業界内で共有されていたリスク情報

「我々、不動産業界は競合他社ともリスク情報については共有します」

「はい、週刊誌記者も同じです。業界内での情報交換は当たり前のように行われているわけですね」

「その通りです。そして当然、小田にも海喜館の業界のリスク情報は届いている。この海喜館が『売りに出されそうだ』という情報は業界中に響き渡っていたし、しかも、ほぼすべてのデベロッパーに海喜館の取引は、持ち込まれていました。実際に入念にチェックをして、結果、取引をしなかったデベロッパーの一つに、野村不動産がありました。この情報もある程度、業界内で共有されていました。つまりあれは『詐欺だ』とね。そしてこの情報は、野村不動産の担当者から直接、小田に警告が行っています」

「だったらなぜ……。なぜ、取引してしまったのですか」

「東京マンション事業部の幹部はこう言っていた。『上が止まらないんだよ』と。つまり止めたけど、止まらなかったということです」

 私は彼らに何度も違う角度から質問を続けたが、彼らの証言には不自然なところはなかった。

 東京マンション事業部は阿部(編集部注:当時の社長、地面師事件後にクーデターを起こし、後になる会長となる人物)―三谷(編集部注:当時の常務執行役員でマンション事業本部長だった人物)ラインを通じた、阿部の直轄地のようなところである。私は小田と三谷の東京の自宅を訪問し、事情を問いただそうとした。小田の自宅では奥さんが丁寧に応対してくれて、私の名刺を受け取ってくれた。「地面師事件の件だ」と伝えると怪訝そうな顔つきになったが、「主人に伝えます」と応じてくれた。小田からの連絡はまだない。

 三谷の自宅では、奥さんらしい声がインターフォン越しに応対に出てくれたが、来意を伝えるとすぐにインターフォンは切れた。