今季、秘めた能力を発揮しようとしている選手
では今季、この苦しい戦いの中で、秘めた能力を発揮しようとしているのは誰なのか。その筆頭に挙げたいのが高濱祐仁だ。6月5日の巨人戦(東京ドーム)ではチーム10年ぶりの代打満塁本塁打。戦線離脱を繰り返す中田翔の代役として一塁を守り、同10日の阪神戦ではついに4番にも座った。7月6日の西武戦では、西武・平良海馬が続けていた39試合連続無失点にストップをかけるサヨナラ打。「(記録は)自分がとめてやるという強い気持ちで打席に入りました」というコメントに、自信が備わり始めている。
高濱は2015年に入団、2軍の首位打者に輝いたこともあるが殻を破りきれず、19年オフには育成選手となった。いわゆる「育成落ち」に、本人の苦悩はどれほどのものだっただろう。さらに同時期にロッテでプレーする兄・卓也も育成選手となった。この2人、兄が支配下復帰を果たした直後の今年6月26日の試合(静岡)では、ヒットを打った一塁塁上で再会するというのだから話ができすぎている。
意外な大爆発ではない。そもそも高濱はスラッガーとしての素質を見込まれプロ入りしたのだから。高濱兄がロッテ入りした頃「弟はもっとすごいらしい」という声を聞いた。前評判通り、佐賀県から名門・横浜高に進むと1年生にして4番に座った。そこでついた異名が「松井キラー」。1学年上で、現在楽天のクローザーを務める松井裕樹をいい場面で打ち崩したのだ。
1年夏は神奈川県大会の準々決勝で右中間三塁打。2年夏は準決勝で対戦し、横浜スタジアムの中堅へ決勝弾。甲子園行きを引き寄せる一撃だった。ドラフトの指名順位が7位まで下がったのは、その後腰痛に見舞われ、3年生で成績を残せなかったからだ。遅咲きの花が開きつつある今、もう一度松井に痛打を喰らわすことがあればこれほど愉快なこともない。
話は戻る。84年の苦境に奮闘してくれた岩井が“全盛期”を迎えるのは、実はずっとあとだった。88年、東京ドーム元年を最後に現役を退くとスカウトに就任、後に巨人や広島でユーティリティーとして活躍する木村拓也を発掘し、ドラフト外で入団させた。その後古巣の横浜に戻り、コーチとして投手から内野手に転向した石井琢朗の守備を鍛え上げ、スカウトとしては故障に悩んでいた内川聖一を敢然と1位指名した。さらに日本ハムに戻ると、他球団がノーマークだった中島卓也をプロの世界に導いた。今もソフトバンクに所属しアマチュア選手を見続ける。現役時代より、遥かに長い年月を球界で生き続けてきた。人はいつ、どんな局面で花を咲かせるかなんて、本当にわからないものだ。
野球は人生のように山あり谷あり。今年のような、見ているだけで“修行”を強いられるシーズンも必ずある。そこでの活躍は、派手に後世へ語り継がれることはないかもしれないが、せめて僕らの記憶に留めておきたい。高濱が今季、どんなシーズンを送るのか見届けたいし、2軍で汗を流してきた松本剛や谷口雄也が報われることも期待している。
……と、この原稿を書き上げたところで、元監督の大島康徳氏の訃報が入ってきました。心よりご冥福をお祈りします。中日から移籍してきた88年、大島さんはもう37歳でした。当時は広い球場だった東京ドームでどこまでやれるのかと思っていたら、弱いファイターズ打線の中心にどっかり座っていたのを覚えていますし、大沢監督復帰後の代打での勝負強さも懐かしい。また田中幸雄、五十嵐信一ら当時の選手に大きな影響を与えていたようで「大島さんが教えてくれた」という技術の話を聞くことも多い方でした。欲を言えば、もっとユニホーム姿を見たかったです。
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