映像では踏み込めない、登場人物の内面に迫りたい

――私たちが感動する選手たちの力走。それを中継するテレビに携わる人々の人間ドラマが描かれるのですね。

池井戸 刻々と変化する選手たちの動作や表情、リアルタイムに味わう勝敗のリアリティを描くのは映像というメディアの方が圧倒的に有利で、それにかなうものはありません。むしろ、小説には不向きだともいえるでしょう。

 一方、そうした戦いの中にある選手たちの心の動きは、逆に、小説にとって格好の素材となります。心の内面を映像に収めることはできませんから。

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 たとえば、ランナーが別のランナーに追い抜かれるとき、その状況をリアルに描写するだけなら映像に勝るものはない。しかし、追い抜く側の逡巡や決意、抜かれる側の焦燥、あるいは計算といったものは、映像では描きにくいものです。

 以前書いた拙著『陸王』に比べると、今回の小説はレースや走るシーンを多く描写することになると思いますが、映像では踏み込めない、登場人物たちの内面に迫っていきたいと思います。

 とはいえ、執筆を箱根駅伝の10区間にたとえると、いまはまだ10月の予選会のスタートが切られたあたりにいます。これから本選を迎え、大手町を起点とした往復217.1㎞を走り切るまで、箱根駅伝というスポーツの面白さ、スポーツ中継の難しさとこだわり、勝者と敗者たちの人間ドラマを描いていきます。

挿絵・加藤木麻莉

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「箱根駅伝」とは……

 正しくは「東京箱根間往復大学駅伝競走」で、1月2日と3日の2日間にわたって開催される、関東地方の大学駅伝の競技会(地方大会)。関東学生陸上競技連盟(関東学連)加盟校から、前年大会でシード権を獲得した10校と、予選会を通過した上位10校、関東学生連合の計21チームが出場する。コースは、東京・読売新聞社前から、鶴見、戸塚、平塚、小田原の各中継所を経て、箱根・芦ノ湖まで、往路5区間(107.5km)、復路5区間(109.6km)の合計10区間(217.1km)で、学生長距離界最長の駅伝競走。

 

 第1回が行われたのは1920年。ストックホルムオリンピックに日本人として初めて出場し、“日本マラソンの父”と称えられた金栗四三が、「世界に通用するランナーを育成したい」と発案、創設に尽力した。これまで、箱根駅伝出場者からオリンピックや世界陸上などで活躍する選手が輩出している。

 

 また、レースの模様を中継する「箱根駅伝」は、1987年のテレビ放送開始以降、20%を超す高い視聴率を記録している。