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「敗者にも光を当てたドラマに」なぜ池井戸潤は“箱根駅伝”を描くのか

池井戸潤さんインタビュー

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箱根駅伝はメンタルの部分が大きいスポーツ

――敗者と言えば、「関東学生連合チーム」(「関東学連選抜チーム」から2014年に改称)は、箱根駅伝ならではの“敗者復活”チームですね。

池井戸 関東学生連合チームって、いわば寄せ集めの集団なんです。予選会で敗退した大学の中から、個人記録の上位者を中心に結成される急ごしらえのチーム。しかも「オープン参加」で、正式記録として認定されない。それではモチベーションを保ち、チームとしてまとまるのも難しい。タイムの良い選手を集めたはずの学生連合チームが最下位の常連となってしまうのも、むべなるかなです。それは、箱根駅伝は、そうしたメンタルの部分が大きいスポーツだということの裏返しでもあると思います。逆に言えば、彼らを勇気づけるような何かがあれば、上位に食い込んでいく可能性がある。若いぶん、短期間に成長するかもしれない。どっちにも振れる選手たちなんですね。学生連合チームを率いる監督は、そういう選手たちに、「何か」を仕掛けるのが仕事です。バラバラだった若者たちが、次第にチームとして結束していく姿を描けたらと思っています。

挿絵・加藤木麻莉

きっかけは、とあるテレビマン

――一方で、懸命に走る選手たちの姿を生中継するテレビマンたちのドラマもある。「半沢直樹」シリーズのような、巨大組織の中での戦いが描かれるのでしょうか。

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連載が始まる「週刊文春」2021年11月11日号

池井戸 エンターテインメントとしてそうした側面はありますし、楽しんでいただきたいのですが、そもそも僕がこの物語を書きたいと思ったのは、「箱根駅伝」の初の生中継を実現させた日本テレビのテレビマンのことを知ったからなんです。スポーツ中継では“伝説のプロデューサー”坂田信久さんと、彼を支え、『箱根駅伝 放送手形』という緻密な台本を作って番組を構成した“天才ディレクター”田中晃さん。1987年、第63回大会で、東京・大手町と箱根の往復を2日間にわたって中継するという前代未聞のプロジェクトが成功したのは、彼らふたりのテレビマンがいたから。幾多の困難と苦労を乗り越えて番組を実現させたおふたりに敬意を表したかったので、この小説でも実名で登場しています。とはいえ、作品はあくまでフィクションですから、「大日テレビ」の「坂田さん」、「田中さん」という架空の人物としてですが(笑)。

 小説の設定は、現代です。今年も、箱根駅伝の中継に真摯に取り組むテレビマンがいて、真剣勝負を挑むランナーがいる。エンターテインメントでありつつも、そうした人たちへの敬意をもって描きたいと思います。