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日本の公衆衛生との違い

『毎日新聞』電子版が2020年4月1日付に掲載した記事「台湾の隔離策支える町内会長ヘトヘト 確認電話1日に計6時間、食事届け、公園も消毒」ではその奮闘ぶりが詳細に描かれている。台北市の光武里(住民約7800人)の韓修和里長は取材当時約50人の隔離対象者を担当していたが、朝晩2回電話し、健康状態や外出の有無をチェックしていたという。台湾では在宅隔離の際に携帯電話の位置情報で監視され、外出が確認されれば最高で100万台湾ドル(約360万円)もの罰金が科される。それでも抜け出そうとする人はいるもので、頻繁なチェックが必要となる。韓里長は抜き打ちで「すぐに返信せよ」との携帯メールを送るなど、チェックに必死だったという。

 里長は選挙で選ばれ、原則は無給だが、事務補助費名目で月4万5000台湾ドル(約16万2000円)が支給されているほか、事務所とその経費も支給されるという。中国本土の居民委員会と同じく、自治組織と言いながらも政府の窓口であり、税金で人員を確保することによって、住民一人一人に顔が見える行政の窓口が機能していたと言える。

 日本では町内会や自治会が居民委員会や里に相当するものとなる。立派な会館を持っている組織も少なくないが、コロナ対策では表舞台に立つことはなかった。

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 しかし、歴史的に見ると、日本は住民自治の公衆衛生において、アジアの先進国という様相を持つ。1880年代から日本では伝染病対策として住民の自治組織として衛生組合が結成され、し尿処理や市内清掃や消毒などの感染病予防対策を実施する団体として位置づけられていく。この取り組みは日本本土にとどまらず、植民地化された台湾においても展開されたほか、中国本土では日本軍管轄下の関東州でも導入された。住民を動員しての感染症対策では、100年前の日本はアジアをリードする存在だったというわけだ。

 尾崎耕司・大手前大学教授はこの衛生組合が現在の町内会、自治会の前身とも指摘している(「衛生組合に関する考察:神戸市の場合を事例として」大手前大学人文科学部論集6、2005年)。台湾においても衛生組合、保甲制度(行政機関の再末端組織/警察の補助機関)に代表される、日本が導入した基層自治体制度が現在の里につながり、コロナ対策に活用された。

 では、なぜ日本では活用されなかったのか。日本社会の分析は本書の範囲を超えるが、中国本土と比較すると、両者は鮮明な対比を描いている。日本の町内会、自治会は近年では加入率が低下していることはよく知られている。人口の流動性や単身世帯の増加により、加入を望まない層が増えているためだ。一方、中国では改革開放によって社会が大きく変化し人口の流動性が高まったことを受け、新たな役割を与えられ、強化が進んだ。強制加入の中国と任意の日本という違い、さらに給与が支給されるスタッフが配属されるなど、金銭的なリソースにも違いがあると考えられる。

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