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発端となった毎日新聞のスクープ

 事が公になったのは、1982年12月2日の毎日新聞朝刊のスクープだった。アメリカに亡命したスタニスラフ・アレクサンドロビッチ・レフチェンコKGB少佐が、ソ連の情報機関KGBによる日本での工作活動を米議会の秘密聴聞会で証言し、その内容が米議会筋からの情報として報じられたのだ。

 この報道を皮切りにKGBによる様々な工作が明らかになったが、この「レフチェンコ事件」ではスパイ事件でイメージされがちな重要情報の窃取(それも行われていたが)よりも、偽情報により政治指導者や国民をソ連に都合の良い様に誘導する、アクティブメジャーズ(積極工作)の実態が明らかになったことが注目された。

 その代表的なものとしては、1976年1月23日にサンケイ新聞(現・産経新聞)に掲載された『周恩来の遺言』とされるKGBが作成した偽文書がある。ジャーナリストのジョン・バロンによれば、これは当時ソ連と敵対していた中国指導部の正統性を毀損するための工作で、このサンケイ新聞の報道を起点にソ連国営タス通信によって世界中に配信され、中国指導部を動揺させたという。

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第三国のメディアに偽情報を報道させ、それをソ連メディアが引用

 ソ連のメディアが最初に報じてもすぐに偽情報と疑われるが、ソ連が第三国のメディアに偽情報を報道させ、それをソ連メディアが引用という形で世界中に配信する事である程度の信頼性を担保する手法は様々な例がある。

 有名なものでは、1980年代に世界的問題となっていたエイズはアメリカが開発した生物兵器が原因とする陰謀論で、これも発端はKGBがインドで設立した新聞社の記事から世界中に拡散したものだった。それから40年近くたった近年でも、この工作に関わった東ドイツ人研究者の著書が、陰謀論を多数出版する日本の出版社から再販されるなど影響を残している。

 日本で行われた工作は他にもある。『週刊現代』1979年8月23日号には、「ワシントンのうわさ」として米中央情報局(CIA)が中東でタンカーの襲撃を計画しているという記事が掲載されたが、これはKGBが捏造した偽情報を日本のジャーナリストが伝えたもので、米カーター政権に対する中傷工作だったという。

 こうした偽情報はKGB第1総局A局が作成し、工作対象国の新聞記事などに紛れ込ませる形で流布される。ここで役割を担うのがマスコミ内や識者の中にいるエージェントで、KGBは彼らを介して偽情報を広めていくのだ。