昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「切り取ってロシアに渡せば…」ウクライナ情勢が緊迫するなか、日本で過熱する“親ロシア発言”

「レフチェンコ事件」に学ぶ、ソ連時代から続くロシアの“偽情報工作”

2022/02/23

「エージェント」は「スパイ」とはことなるもの

 なお、レフチェンコ事件でエージェントとされた人物のWikipedia項目を見ると、「ソ連のスパイ」と書かれていることがある。だが、当のレフチェンコはスパイとエージェントは全くことなるものとして、これらを混同する言説を批判している。レフチェンコはこう述べている。

 スパイというのは通俗語であって、諜報活動にたずさわっている人々をさす、ごく一般的な言葉なわけです。(中略)エージェントというのは、外国政府によってリクルートされて、自国の情報や機密などを相手に漏らしていく人物をさすわけです。同時に、外国政府の望み通りに、自国の政策などに影響を及ぼしていく人物も、エージェントの範疇に入ります。

 

週刊文春編集部編『レフチェンコは証言する』

 「外国政府の望み通りに、自国の政策に影響を及ぼす人物」という定義だと、一昔前の日本に大勢いたアメリカ流の新自由主義的な改革を主張する論者もエージェントに該当するかもしれない。そして、外国政府との直接的な接点が無くても、外国のエージェントたりうるのだ。実際にレフチェンコは「無意識のエージェント」というエージェントの自覚は無いが、エージェントとして使える人物を挙げている。

 このエージェント観は、現在のロシアでも見ることができる。2012年のNGO法改正では、外国から資金提供を受けるロシア国内の非政府団体(NGO)を「外国エージェント」とみなして登録し、政府に報告義務を設けるなどの締め付けを強めている。2019年のマスメディア法改正では、エージェントの役割を果たすとされた外国メディアの情報を発信する個人にまで対象範囲を拡げ、報道の自由を脅かすものと国際的批判を受けている。

 同様にアメリカにも外国エージェント登録法が存在し、2017年にロシア政府が資金を出している報道機関RTのアメリカ法人、2018年には中国国営CGTNがエージェントとして登録されているが、あくまで法人のみである。

レフチェンコ氏 ©️文藝春秋

レフチェンコの証言に懐疑的だった日本

 こうした日本におけるKGBの影響力工作の実態を暴いたレフチェンコであったが、当時この証言について懐疑的な向きが日本では多かった。特に朝日新聞はレフチェンコ証言を否定する特集を組み、その執拗さに「朝日はソ連に対し愛を感じすぎている。愛は人を盲目にする」とレフチェンコを呆れさせている。朝日の名誉のために言えば、レフチェンコ証言で多くの新聞社にエージェントがいることが明らかにされたが、朝日については明らかになってない(テレビ朝日にはいた)。エージェントでなくても、思い入れで外国を利することはあるのだ。

 後にKGB文書の管理者であったミトロヒンが持ち出した内部文書や、その他のKGB亡命者の証言はレフチェンコの証言を肯定するもので、さらにエージェントの議員がいるとされた日本社会党の元調査部長も冷戦崩壊後にレフチェンコと対談し、当時の社会党内でレフチェンコ証言が真剣に受け止められていたことを告白しているなど、現在は信憑性のあるものとみなしていいだろう。

z