レフチェンコが明らかにしたKGBによる偽情報の拡散は、前述のように各国メディアに影響力のあるエージェントを通じて、新聞などの伝統的メディアに掲載させることで行われていた。しかし、インターネットが普及するとエージェントを介さずとも、工作対象国の市民に対して偽情報を直接届けることが可能になった。
実際、ロシア政府と関係が深いとされるロシア企業、インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)は「偽情報の工場」と呼ばれ、2016年の米大統領選挙でFacebookを舞台に偽情報による選挙介入を仕掛けるなど、エージェントを介さずに大々的な工作活動を実施している。
大メディアや識者の発言にも紛れ込む偽情報
しかし、日本ではまだ事情が異なるかもしれない。総務省による「令和2年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」によれば、日本人が「世の中のできごとや動きについて信頼できる情報を得る」ためのメディアとして、テレビや新聞といった伝統メディアをあげる人は全年代で半数以上を占めており、まだまだ伝統メディアの影響力は強い。当然、そこで解説を行う識者の発言が、世論に影響を与えることは想像に難くない。
前述した朝日新聞デジタルにおけるコメントについて、軍事アナリストである小泉悠東京大学先端科学技術研究センター講師は、Twitter上でロシアの情報戦理論家パナーリンの「コメントが戦略的重要性を持つ」という指摘を引き合いに、「(コメントプラスが)無自覚に権威主義体制を利するセルフ情報戦をやってしまっている感がある」と苦言を呈している。このことは、今もなお識者を介した偽情報の拡散の有効性を示しているのかもしれない。
伝統メディアからインターネットまで、我々が日々接する情報は膨大だ。自分がよく知らないことは、識者の発言が判断材料になることは多い。昨今はネットに蔓延る出所不明の偽情報が問題視されているが、過去の事例を見れば分かるように、大メディアに掲載された情報や、識者とされる人々の発言にも偽情報が紛れ込んでいる可能性があるのは、頭の片隅に留めておくべきだろう。