たもさんの信仰が大きく揺らいだのは、35歳のとき。幼い息子が「肺動脈性肺高血圧症」という難病を患っていることが判明し、医師から「治療には輸血が必要」と説明される。しかし、エホバの教義では《輸血されることは、強姦されるくらい忌み嫌うべきこと》とされていた。
たもさんは病に苦しむ息子を前にして、輸血すべきか否かの選択を迫られる。
「そんな状況下でも、たもさんのお母さんは『輸血を拒否すれば、エホバから永遠の命を貰える』と説得にかかります。それはおそらく孫の幸せを願う気持ちからの発言なんですよね。その方向性があまりに突飛ゆえに、我々には信じがたいのですが……。『進学校に行った方がいい人生を送れる』と子を諭す親と同じく、根底にあるのは“善意”だと思うと余計にやるせない気持ちになりました」(同前)
2世信者ならではのアイディア
本書は2018年に刊行され、知られざるカルト宗教の内情が描かれていると話題に。そのヒットの裏側には、2世信者である著者ならではのアイディアがあったという。
「たもさんから『紙の本と同時に、電子書籍も出したい』と強い要望をいただいたんです。『エホバの2世信者は親のチェックが厳しくて、紙の本を家に置いておくとバレてしまうから』という配慮からの提案で、それは一理あると思いました。
実際に紙の本と電子書籍を同時発売したところ、たもさんの予想が的中しました。2018年の刊行当時はいまほど電子書籍が浸透していませんでしたが、発売するやいなや、電子書籍の売れ行きがすごい勢いで伸びたんです。エホバに限らず、2世信者の方から『描いてくれてよかった』という感想をたくさんいただきました」(同前)
『カルト宗教信じてました。』は刊行から4年が経つが、いまなお電子書籍を中心に根強い人気を得ている。その理由を担当編集者の大澤さんは、こう分析する。
「本書のあとがきで、たもさんが『日本には信教の自由がある。しかし、信じない自由もある』と書いています。信じる自由は誰もが持っているけれど、自分が信じるものを他人に強要するのはよくない――これはカルト宗教に限らず、普遍的なメッセージだと思うんです。
コロナ禍が始まって以来、どの情報を信じるかをめぐって論争が起き、それゆえに人々の間に分断が生まれるケースが見受けられます。本書で描かれているたもさんの体験が、“信じる”という行為について考えをまとめるための一助になれば嬉しいですね」