昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「もともとジュリーさんはジュニアに興味がない。そんな状況を見かねた滝沢さんが、ジュニアのために、自分の舞台で役を用意したり、テレビ局のプロデューサーに彼らを必死に売り込んでいたのです」(別のタレント)

 ジャニー氏と滝沢を中心とするジュニア・舞台班と、テレビや映画をメインとするジュリー氏の対立は深まる一方だった。

「1、2年前からジャニーさんはジュニアに対し、『大人を信じちゃいけない』と口癖のように言っていました。『今のジャニーズは僕の会社じゃない』と嘆くなど、ジュリーさんだけでなくメリーさんのことも決して信用していないのです」(同前)

 現役のジュニアが嘆息する。

「ジャニーさんは、自分が育てたジュニアにはどんどん世に出て行って欲しいという考えで、一時期、次々に新しいグループを作った。ところが、メリーさんは彼らがデビューすることを認めず、『これ以上、私とジュリーの仕事を増やさないで』と怒りを露にしていた。14年にジャニーズWESTがCDデビューにこぎつけたのは、ジャニーさんが事務所に黙ってデビューを公表し、強行突破で既成事実を作ったためです」

キンプリを巡る争奪戦も

 今年5月にCDデビューした「King & Prince」を巡る争奪戦も勃発した。

 キンプリのデビューに情熱を注ぎ、手塩にかけて彼らを育てたジャニー氏は、SMAPのレコード会社だったビクターにデビュー曲を託そうとしていた。ところが昨年12月、契約が成立する直前に突然横槍が入った。

「メリーさんとジュニア担当の社員が、ジャニーさんに相談なく密かにユニバーサルとの交渉を進め、海外進出のバックアップを条件に独断で同社と契約を結んでしまったのです。ジャニーさんは『裏切られた』と激怒していました」(同前)

デビュー曲が大ヒットしたキンプリ

 事務所のやり方に強烈な不信感を抱いていたのは滝沢も同様だ。ジャニー氏とジュニアの置かれた立場に絶望していた滝沢は、一時期、ジャニーズ退所を決断したという。

「はっきり言って、滝沢さんとジュリーさんの関係は最悪です。現場で会っても2人は互いに目を合わせようとせず、滝沢さんは『何、アイツ』などと嫌悪感を露にしていた。2人が今後、協力体制を取ることは考えられない」(同前)

新組織「Jプロジェクト」とは

 かねてから、ジャニー氏がいなくなったら「ジャニーズを辞める」と周囲に宣言していたという滝沢。

 今回の引退劇も、8月中旬に滝沢がジャニー氏に退所を相談したことがきっかけだった。

#2へ続く〉

この記事の写真(7枚)

+全表示

文藝春秋が提供する有料記事は「Yahoo!ニュース」「週刊文春デジタル」「LINE NEWS」でお読みいただけます。

※アカウントの登録や購入についてのご質問は、各サイトのお問い合わせ窓口にご連絡ください。

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー

関連記事