文春オンライン

《養老孟司×成田悠輔》都市とネットから逃れられない人間の末路は?

note

情報や都市に閉じていく人間

 成田 そもそも、世界に存在している虫のうち、何割くらいを人類は発見してきたのでしょう。

 養老 種類で言うと、半分くらいと見ていいんじゃないですか。

 成田 全部で何種類くらいいるとされているんですか?

ADVERTISEMENT

 養老 概算の仕方はいろいろあるけど、常識的に数えれば5~600万種くらいになります。かなり多めに数えて、3000万種だと言う人もいますね。その人は中米のコスタリカに行って、熱帯雨林の樹木の1つに、蚊帳のように綺麗にネットを被せてみたらしい。その中にいた虫の種類を数えると、大体600種だった。熱帯雨林には5万種の樹木が存在するので、それぞれの木に特有の虫が付いていると考えると、単純計算で3000万になるとのことです。

養老孟司氏 ©文藝春秋

 成田 なるほど。これだけ集め尽くしているように見えても、全体像は掴めないんですね。集めれば集めるほど、まだ手が届いていない、膨大で真っ暗な領域が見えてくる。そう考えると、いわゆる「わかる」ということは、「自分がいかに理解できていないか」を知るための、準備作業のようにも思えます。

 養老 世界をわかろうとする努力は大切だけど、わかってしまってはいけません。そこの土俵際が難しいのです。

 成田 本では「脳化社会」についても触れられていました。これは養老さんが創られた言葉ですが、すごく不思議な響きだと思います。

 養老 情報化が進んだ今は、記号が幅を利かせる時代になりました。記号や情報は、動きや変化を止めるのが得意中の得意です。現実は千変万化して、私たち自身も常に変化していく存在なのに、情報が優先する社会では、記号のほうがリアリティを持ち、身体性がないがしろにされてしまう。そのことを指して私が創った言葉が「脳化社会」でした。「意味がないから」と自然を排除する都市化も、脳化社会の1つです。

 成田 僕は東京で生まれ育ち、子供の頃にウェブが登場した世代です。だから、大都市に人が密集してネットで情報や脳が密結合している生活に、もともと馴染んでいるんです。

 僕も含め人間はなぜか、情報や都市の中に閉じていくことが得意な生き物です。時々は我に返って、「ネットは危険だ」「自然と触れ合おう」と警鐘を鳴らすものの、気がついたらまたその中に戻っていってしまう。もしかすると、人間は情報化や都市化から逃れられない運命で、このまま行くところまで行ってしまうのでは、という気もしています。