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 小沢は、いつものように「書生論」で反論した。

小沢一郎氏 ©文藝春秋

「問題は歴史の動きが待ってくれるかどうかだ。東西冷戦が終わって、世界はいよいよ激動の時代に入った。アメリカも12年ぶりに民主党政権に代わっている。日本だけがいままで通りの『ぬるま湯』に浸かっていられるはずがないだろう。マスコミの諸君は『小沢は派閥の跡目争いで負けた』と次元の低い悪口ばかりだが、僕がやりたいのは政治を根本から変えることだ。そのためには自民党が1回下野するくらいの大改革が必要なんだよ」

 それを聞いていた私たちは、お屠蘇も少々入って普段だと言いにくいことも口にした。

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「しかし、自民党の現状はどうでしょうか。守旧派の議員たちは中選挙区のもとで地盤をつくっているからそう簡単に納得しないでしょう。野党も小選挙区では勝ち目がないと大反対だし」

「その考え方が古いんだ。政治にカネがかかるのも中選挙区で同士討ちするからだろ。自民党同士で争えば政策論争じゃなくサービス合戦になるからな。それに、日本人は何事も丸く、丸く収めるのが好きだが、国際情勢の変化に機動的に対処するには、強いリーダーシップが必要だ。そのためにも一騎討ちで勝敗を決める小選挙区がいいんだ」

 野党が大同団結すれば十分自民党に対抗できる。むしろ自民党が失敗すれば野党が代わって政権を取る。政権交代が当たり前に起きるのが本当の民主主義だというのが小沢の持論だ。

 私は、以前「ベルリンの壁」を見に行った時から変わっていない小沢の口ぶりに不思議な安心感を覚えたが、あえて反論してみた。

「口では『改革、改革』と言っている若手議員も現実には、自分たちが当選できるかどうかが一番大事。本音では小選挙区は厳しいと心配している議員もいますよ」

 いつものことだが、小沢の話が熱を帯びてくるほど、私たちの疑問も次々に湧いてくる。鉢盛に残された寿司も少しみずみずしさを失ってきた。話は堂々巡りのままだ。

小沢が夢見る「政権再編と政権交代」

 小沢は苦笑いを浮かべながら最後に言った。

「だから制度を変えるのが一番の早道なんだよ。小選挙区制にすれば自民党は嫌でも割れる。そうなれば政界再編と政権交代がセットで実現する。それが僕の夢だし、それは必ず現実になると思う。今年は君らの想像を遥かに超える歴史的な年になるんじゃないか」

 家族もいる前とあって口調は穏やかだったが、私たちは小沢の密かな決意を感じ取っていた。

 そして同時に、自民党の最大派閥・竹下派を引き継ぐことで内部から自民党政治を変えることを目指していた小沢が、もはやその道を諦め、自民党の外の勢力と手を結ぶことで権力を奪取することを目標にし始めたのだとも感じていた。

「そうは言っても、経世会(竹下派)の分裂でエネルギーを使い果たしているからなあ。まだ50歳といっても大病もしているし、さすがの小沢さんも、当分は新派閥(羽田派)の足場固めで精いっぱいだろう」

 会がお開きになって小沢邸を辞する時に私たちは囁きあった。「現役」の番記者に伝えるほどの情報はないことを確認し合う意味もある。

「政界再編は小沢さんの初夢ということですかね……」

 私は背広の内ポケットから真新しい衆議院手帖を取り出した。

 表紙に金文字で「平成5年 1993」と書かれたその手帖に、私は「歴史的政界再編」「制度を変えて政権交代」と走り書きを残した。

 果たして小沢の初夢が叶うのか。もちろん私は半信半疑だった。だが歴史的な年になるという「予言」のほうはなぜかひどく気になっていた。