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 これまでの公判でも、被告男性は裁判官について発言することが多かった。現実には、裁判官はもちろん被告人の胸を掴んだりはしていない。また、事件までの流れについての質問に入っても様子は変わらなかった。

弁護人「事件のあった2021年2月から4月、会社勤めをしていましたよね? その会社を止めたときに、お父さんからどんなことを言われましたか?」

被告人「……(小さい声で聞き取れない)」

弁護人「もっと大きな声でお願いします」

被告人「裁判官が胸を掴んできます」

弁護人「被害者Aさんと知り合ったのは何歳のときですか? 教えてください」

被告人「……(聞き取れない)。アトランティス。私はオーディン」

「クリス・エバンス、呼んできて」

 弁護人の質問は、事件当日の話になる。事件現場となったホテルの部屋で何があったのかを聞くが、肝心なことは答えは聞けないままで終わった。

 

弁護人「(事件の被害者Aさんを風俗店で指名し)近くのホテルの部屋に入りましたね? Aさんが部屋に訪ねてきましたね? Aさんと何がありましたか?」
被告人「心神喪失状態。黙秘します」
弁護人「黙秘権を行使するということですか?」
被告人「……」
弁護人「録画の状態にセットしたiPadの存在に、Aさんが気がつきましたね? Aさんはどうしましたか?
被告人「裁判長が胸を掴んできます。心神喪失状態」
弁護人「録画を止めたあと……」
被告人「(弁護人の質問の途中で)被害者は70歳くらい。ドッペルゲンガー……」
弁護人「あなたと被害者のAさんはどんな会話をしましたか?」
被告人「裁判長がラブホテルに行きたいと言っています。被害者は70歳くらい」
弁護人「Aさんに対して何をしましたか?」
被告人「うーん……」
弁護人「覚えていますか? 答えられないですか?」
被告人「クリス・エバンス、呼んできて。私はオーディン」
弁護人「ホテルの部屋の中でAさんと一緒にいるとき、包丁を手に持ちましたよね? 何をしましたか?」
被告人「宇宙の法則で…。南海トラフ、心神喪失状態。裁判官が胸を掴んできます」

 クリス・エバンスはMCUシリーズで「キャプテン・アメリカ」を演じた俳優の名前である。こうした返答をくり返す中で、唯一、意味のありそうな返事があった。

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クリス・エバンス 本人インスタグラムより

弁護人「包丁で刺しましたか?」

被告人「うーん。そうだな」

 この点について、検察側の反対尋問で指摘されたが、意味がわからない証言を繰り返した。

検察官「さきほど、弁護側の質問で、Aさんを刺したことについて、『そうだな』と述べましたね?」
被告人「裁判官……犯罪者……黙秘権を述べよ。心神喪失状態。あまりにもおかしいです」

  しかしすぐに、意味のない返事が始まってしまう。

被告人「名探偵コナンの子ども化。同姓同名の事件……」
弁護人「その後、誰か部屋に訪ねてきましたよね?」
被告人「……(聞き取れない)」
弁護人「部屋を出ようとしたとき、何を持っていましたか?」
被告人「裁判官が変態行為をしてきます」
弁護人「2人目の被害者に何をした?」
被告人「被害者の女性は……(聞き取れない)。うーん」
裁判長「もっと大きな声で」
被告人「裁判官がラブホテルに行きたいと言っています。心神喪失状態」

被害女性が働いていた“人妻夜這い”がコンセプトの派遣型風俗店「X」

 ほとんどの質問に無表情で不規則な発言を繰り返した被告人だが、ある質問を投げかけられると、一瞬びくっとしたように見えた。

弁護人「2021年6月1日(事件当日)の夜、あなたはどこにいましたか?」

被告人「2011年?」

弁護人「そのとき、ロープを持っていましたね? 何をしようとしていたのでしょうか?」

被告人「心神喪失状態」

「2011年」と答える時だけ、被告人は何かひっかかりがあったのか、瞬間的にびっくりした様子を見せた。弁護人の話を理解していた証拠になるのか、それとも年号に機械的に反応したのか。傍聴席からは表情も見えないため判断がつかない。

 別の弁護人が「オーディンとは何か?」を聞いたが、回答は事件とは無関係だった。ただ、弁護側は事件当時の責任能力や訴訟能力を争っているため、弁護上、この点は意味があるのかもしれない。

弁護人「オーディンとはなんですか?」

被告人「アトランティスの……」

弁護人「アトランティスが見える人なんでしょうか? 被告人はこの裁判で、アトランティスや南海トラフについて言及しています。どういう風に感じているのでしょうか?」

被告人「心神喪失状態。南海トラフ……。私はオーディン」

弁護人「いつからオーディンなんでしょうか?」

被告人「生まれたときから」

弁護人「事件のときも?」

被告人「バットマン。私はバットマン」

弁護人「バットマンといいました?」

被告人「私はオーディンです。裁判官が胸を掴んできます」

弁護人「裁判官が掴んできた?」

被告人「うーん。メデューサ。南海トラフでみんな死んでいる。お前も死んでいる。みんな死ぬかも。心神喪失状態。黙秘権を述べよ。私はオーディン。ゼウス。太陽神。みんな吹き飛ぶ。裁判官がラブホテルに行きたいと言った」

「Aさんの命を奪ったことについてはどう思っているのか?」と問われて…

 検察側の質問にもほとんど答えなかった。ただ、「Aさんの命を奪ったことについてはどう思っているのか?」と問われると、被告人はきちんと考えようとしたのか、「うーん、なんだろう。難しい。最終的には……」と言ったものの、「名探偵コナンの……どうやって証明するのか。もう1つの事件の……。誰か喋ってください」などと不規則発言に戻ってしまった。

事件現場のホテルには花などが供えられていた Ⓒ文藝春秋

 裁判官からの「ホテルの部屋には包丁以外にもロープを持っていきましたか?」「ホテルに行く前からAさんを殺害しようと思っていましたか?」「Aさんに恋愛感情を持っていましたか?」「いつから自殺をしようと思っていましたか?」「『タイムリープして別の世界でみんなを救ってみせる』とありましたが、どういう意味ですか?」「法廷でよく『心身喪失状態』と言っていますが、事件当時、心神喪失状態だったということですか?」などの問いにも正面からは答えず、「私はオーディン」「少年Aの心神喪失状態」などと繰り返した。

 法廷には空しい空気が流れていた。