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 新著『小さな声の向こうに』では、美術や音楽、暮らしの話などが出てきますが、その全てに通じるのは小さな声で紡がれる世界の出来事である、ということ。いまの社会、とくにSNSでは強い言葉ばかりが注目を集めやすくなってしまいがちですが、そんな中でも小さな声に耳をすませていきたいんです。そうした行為を通じて、巡り合うことができる人や、つないでいける美しい世界があるはず……と願いながら書きました。

暮らしに宿る文化の古層

――なかでも「暮らしの背骨を取り戻す」という視点が印象的で、とくに「古く美しい暮らしは、なぜ消えた?」という一編では生活空間に宿る文化の古層に光をあてています。

祖母から譲り受けた古道具たち

塩谷 日本の古い暮らしのなかで大切にされていたのに、今は失われつつあるもの――たとえば「床の間」は、どうして衰退してしまったのか? という点を掘り下げて書いていったものですね。詳しくは新著に譲りますが、この一編は建築史家、本橋仁さんの『住宅の近代化と「床の間」大正から昭和、起居様式の変化に伴う鑑賞機能の諸相』という論文なくしては成立しませんでした。床の間を廃止しようという運動の中には、実は女性の立場向上、つまりフェミニズム的な思想もあったことなども論文にまとめられていて、それが非常に興味深かったんです。

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――加えて現代の日本で、美しい暮らしを作ろうと実践的な取り組みをしている人々に触れていたのも印象的でした。

塩谷 ギャラリストや建築家の方々の活動についてですね。この本の……というか私の執筆活動全体を通してのテーマでもあるのですが、研究者の方々が対峙されているような知の集積と、今を生きる人達の自由な活動の両面を、私自身の視点を通して一つの文章として編み込んでいきたいと思っています。知性だけ、感性だけに偏るのではなく、両方のバランスが取れた文章を書いていきたいな、と。そうすることで、過去から繋がる文化を、今の社会につなげていくこともできるのではないか、とも思っています。

「暮らしを豊かにはぐくむこと」と社会のつながり

――興味深いですね。塩谷さんの「社会につなげる」という意識は、アーツ&クラフツ運動で知られるウィリアム・モリスが、実はアクティビストとしての顔をもっていたという逸話と相通じるものを感じます。

塩谷 ウィリアム・モリスは社会主義を推進したアクティビストでもあり、その思想の是非はさておき、「暮らしを豊かにはぐくむこと」と「社会に意見を述べること」は決して相反するものではないと教えてくれています。

 

 日本でアクティビストというと活動家と訳され、「政治的活動をしている人」というイメージが強くありますよね。もちろん、私たちの暮らしで政治に繋がっていないものはないので、すべての活動は政治的であるとも言えるのですが。

 ただ、英語のactivistという単語は「社会的または政治的に達成したいことのために、実践的に取り組む人」といったような広い意味。そうした意味の違いもあってか、ニューヨークでは多くの人がプロフィールにactivistと入れていました。