「キラキラ」だけではない移住の現実
月収は手取りで約33万円。物価は高く、半分近くは家具付き・光熱費込みのワンルームの家賃に消える。家賃相場はどんどん上昇し、趣味の外食もチップを含めると高くつく。単身なら十分に暮らせるが、同僚とは「もっと保育士の待遇を上げてほしい」「保育士の重要性を認知してほしい」という話をよくする。
カナダで働くという選択は間違っていなかったと感じる。でも、海外移住はほかの人がSNSで発信しているようなキラキラした面ばかりではない。
まどかさん同様にカナダに移住してきたブラジル人の同僚は、母国で25年も幼稚園の先生として勤めてきたベテラン。パキスタン人の同僚は母国で医師だった。それでもカナダで永住権につながりやすい保育士のキャリアを一から積んでいる。
「母国で培った経験に目を向けてもらえず、移民としてしか見られていないと感じるときもあります。それでも、永住権を取得すれば職業の選択肢が広がることもあり、次のステップに進むためにがんばっている」
長く住めば上達すると思っていた英語力も停滞気味だ。
「勉強を続けて、意識して色々な人と話さないと全然伸びない。仕事で使うボキャブラリーって限られていて、特に乳幼児には難しい言葉は使わない。でも、仕事から帰ってくるとぐったりして、誰かと話す気力もないんです。あと、今の英語力でも生活ができて、仕事もできているので、次の目標がないことも原因かも」
コロナ禍では通りすがりの人から「コロナ」と呼ばれるなど、アジア人に対する差別を経験した。だからこそ、子どもたちにこう語りかける。
「わたしたち髪の色も肌の色も目の色も違う。みんな違う色を持っているけど、こうやって楽しい時間を一緒に過ごせているよね」
子どもたちが遊ぶ人形にはアジア人の容姿をしたものを加えた。お互いを認め合えるような人に育ってほしい。それが少しでも伝わって子どもたちにいい影響を与えられれば、日本人の自分がここで働く意味があるとも思う。
新卒切符を前に揺らいだ決心
振り返れば、大学時代の友人たちは多くが新卒で大手企業に就職していった。カナダで保育士になる——。そう決心したはずだったのに、まわりが就職活動をはじめたときは気持ちが揺らいだ。大手から次々に内定を得ていく友人たち。カナダで保育士になる、と話すと、「うちの大学出てなんで保育士? 新卒切符を捨てるなんてもったいないよ」「就活しないなんて甘いんじゃないの」と言う人もいた。
環境が変わりつつあるとはいえ、日本の企業の採用はまだまだ新卒重視。新卒の就職機会を捨てる怖さも確かにあった。海外で保育士になれる保証はないしなぁ。わたしの選択は間違っているのかも……。そう考えて一時、就活をはじめたこともあった。しかし、「この仕事じゃないな」と気持ちが全く入らないまま。臨んだ選考はうまくいかなかった。
そんなとき、社会人として働く大学時代の先輩らと居酒屋で集まる機会があった。近況を知った先輩からは「お前の保育士になる気持ちってそんなもんなの」と言われた。
「新卒で大手企業に就職した先輩に軽いノリで言われ、悔しくて店のトイレで号泣しました。学歴を捨てる怖さも知らないのにって」
でも、わかったことがあった。
「自分がどんな道を選んでも否定する人はいる。自分の人生に責任を取れるのは自分だけだ」
そう思って、自分の意志を貫いた。