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『うつを生きる 精神科医と患者の対話』

必要な助けを求めるのを躊躇してしまう日本人

浜田 日本人は特に苦しんでいても、必要な助けを求めるのを躊躇してしまいますね。アメリカだったら、自分がある問題で悩んでいるとなれば、「まずは専門家に相談してみたら」とサポートにつながることを促されたり、あるいは「あなたを困らせている人と交渉してみたら」とその状況を変えるための働きかけを示唆されることが一般的ですよね。でも日本では、「自分に悪いところがないかもまず考えてみなさい」となるのではないでしょうか。

内田 あとは日本では「とにかく耐えなさい」と我慢を強いられることが多いかもしれませんね。

 先日、ボストンに住んでいる同世代の日本人の方に街で偶然出会ったときに、その人がご自身の不安について話されたことがありました。そこで私は、認知行動療法をはじめ、不安を和らげるストレスマネージメントやリラクゼーションの方法を少し紹介した後に、「必要であれば、こういう薬も効くよ」と思いつく選択肢をパパッとアドバイスのつもりで伝えたんですね。そうしたら、薬の話をした途端に、「そんなチート(cheat)するのなんて嫌ですよ」という反応が返ってきて。

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浜田 ああ、ズルをすると思われたんですか。

内田 不安をコントロールするためにはいろんな手段があって、その一つの中に薬も入っていてもいいと思うんです。でも精神科の治療薬に関しては、必要が生じて頼ることになったとしても、処方されては「負け」あるいは「ずるい」というネガティブな印象がもたれているのだなと感じた会話でした。

浜田 ズルをするということに関して、思い出すことがあります。私がうつになったあとで、日本の尊敬する経済学者から「浜田くんは学問がうまく行かないことをうつのせいにして、言い訳をしている」と言われたことがありました。この言葉にはあとで述べるような経済学、数理経済学の本質にかかわるような問題提起もあるのですが、精神医学上、これはうつ患者に対して言ってはならないことでしょう。私としては、とても辛い経験だったのにもかかわらず、「言い訳」として捉えられてしまった。

内田 それは酷いですね。しかし、残念ながら近年も同じような話をよく耳にします。

  例えば、テニスの大坂なおみ選手が自身の抑うつ気分について語り、メンタルヘルスを守るために試合直後の記者会見には出席しないと発言したときには、多くの人が「うつを言い訳にして、義務を放棄している」と彼女を非難しました。あるいは逆に、「うつなのに、ファッション誌の撮影はできるのか」と仕事を選択的にこなせていることを取り上げて、「こういった仕事ができているのであれば、うつではないはずだ」と彼女を嘘つき扱いをしたのです。

 うつなどの精神科の病があったとしても、それで社会的機能がすべて失われるわけではなく、むしろうつに苦しむ人のほとんどは仕事や家事育児をこなしながら生きています。たとえば足の怪我をしたときに、長時間の立ち仕事はできなくとも、座りながらの事務作業ならばできるといったこともあるでしょう。しかし痛みが強すぎたら、座りながらの仕事でさえ手につかなくなることもある。同じようにうつも症状によって、できることとできないことがあるのは当然で、重症の場合には生活のすべてに影響が及ぶものなのです。

 また、大坂選手は試合後の記者会見を取りやめた理由として、試合が終わったばかりの気持ちが未整理のタイミングで、記者からの批判的な質問に晒される場に自分自身を置きたくないという説明がありました。次の試合が控えていればなおさらです。こういった自尊心を守る選択というのは、うつであったとしてもなかったとしても、あるいは大坂選手のように公の目にさらされるテニスプレーヤーであったとしてもなかったとしても、誰もが自分のためにしていい選択だと思うのです。