新たな蔦屋像への期待
そして時は流れ二〇二三年、横浜流星氏が蔦屋重三郎を演じる大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の制作が発表され、文庫化の話が持ち上がった。
書き手からすれば、蔦屋重三郎は「どういう風にも書ける」懐の深さがある。カレー、シチュー、ポトフ、肉じゃが、味噌汁……味付けを選ばず登板できるじゃがいものような存在なのだ。『べらぼう』で蔦屋がどのような味付けをされるのか、蔦屋重三郎を主人公に小説を書いたわたしにも読み切れないところがある。一年間付き合う主人公として、こんなに相応しい存在はあるまい。だからこそ、これからも、様々な書き手によって、新たな蔦屋重三郎像が造形されていくだろう。本作は「蔦屋もの」を形作る水滴の一つに過ぎない。そう思えるようになったからこそ、本作はわたしの中で過去となったのだ。
嫌な話を書き連ねてしまった。もしかしたら「谷津は今でも本作が嫌いなのでは」とご心配の向きもあると思う。だから、はっきり書いておこう。皆さんの手に『蔦屋』文庫版を届けることができて、素直に嬉しい。そして、そうやって心から喜べていることに、今、わたしは胸を撫で下ろしている。
〈著者プロフィール〉
1986年東京都生まれ。駒澤大学文学部卒。2012年、「蒲生の記」で第18回歴史群像大賞優秀賞受賞。13年に『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』でデビュー、2作目の『蔦屋』が話題となる。18年、『おもちゃ絵芳藤』で第7回歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。ほかの著書に『曽呂利 秀吉を手玉に取った男』『三人孫市』『しゃらくせえ 鼠小僧伝』『信長さまはもういない』『某には策があり申す 島左近の野望』『しょったれ半蔵』『廉太郎ノオト』『桔梗の旗 明智光秀と光慶』『絵ことば又兵衛』『吉宗の星』『北斗の邦へ翔べ』『ええじゃないか』『ぼっけもん 最後の軍師 伊地知正治』『二月二十六日のサクリファイス』などがある。